岡山へ

先日、作品づくりに関わるありがたいご縁をいただき、岡山と広島を訪ねました。今日は、その旅の中での岡山での出来事を記録します。

きっかけは、昨年秋の松屋銀座さんでのポップアップ。月に一度、東京に住む娘さんのもとを訪れるため岡山からいらしていたお客様が、その日たまたま松屋銀座へ立ち寄られ、私のブースの前で足を止めてくださいました。

去年の松屋銀座さんポップアップ時に、選んでくださったバングルとともに撮らせていただいた着画。

作品をとても熱心にご覧くださり、お話を伺うと、ご主人のご実家は、オーダーメイドのお洋服に使うボタンや付属品を扱うお店を営まれていたとのことでした。

私がボタンを使った作品を制作していることもあり、「こんなふうに生かすことができるんですね」と興味を持ってくださいました。

今ではオーダーメイドのお洋服を仕立てる方も少なくなり、倉庫には長年大切に保管されてきたボタンがたくさん眠っているとのことでした。

「もしよかったら、そのボタンを使っていただけませんか。」

そうお声をかけていただいたことが、今回の岡山訪問につながりました。

訪問までのやり取りでは、ボタンのことだけでなく、静岡から赴く私のために、岡山のおすすめの場所や公共交通機関の利用方法、それぞれの所要時間まで丁寧に教えてくださいました。

おすすめしていただいた大原美術館。建物も所蔵品も素晴しかった!

倉敷美観地区の美しい街並み

さらに、素材を見せていただくだけでなく、「もしよろしければ、お食事もご一緒にいかがですか」とまでお声をかけてくださいました。

ご案内いただいたお店での夜のお食事。新鮮な食材を使った、味はもちろん、目にも美しいお料理。

その細やかなお心遣いからお人柄が伝わってきて、尋ねる前からありがたいご縁に感謝せずにはいられませんでした。

当日伺うと、「倉庫は暑いから」と、事前にたくさんのボタンをエアコンの効いた別の事務所へ運び、準備してくださっていました。

カウンターいっぱいに並べられたボタンの箱を目にした瞬間、胸が高鳴りました。

さらに、「こんなものもあるんです。もし使えそうでしたら」と見せてくださったのは、美しい白蝶貝のバックルや、今ではなかなか目にすることのない意匠を凝らした金具たちでした。

その後、倉庫にも案内していただき、事務所には運びきれなかった数多くのボタンを拝見しながら、ボタンにまつわるお話を聞かせていただきました。

当時、これらのボタンは、京都のボタン屋さんがお店まで大きな荷物を持って来られ、その中から一つひとつ選んで仕入れていたそうです。

義理のお母様は生前、

「これが腐ってくれたら思い切って処分できるんだけど、こんなにきれいなものは、とても捨てられない。」

と、おっしゃっていたそうです。

そんなお話を伺うにつけ、目の前に並ぶボタンは単なる商品ではなく、一つひとつ丁寧に選ばれ、長い年月を経て大切に受け継がれてきた、その時間や思いまでもが伝わってくるようでした。

時代を越え、お母様、そして今回お声をかけてくださったYさんへと受け継がれ、大切に守られてきたボタンたち。

そんなかけがえのない素材を、ポップアップで一度出会った私に「使ってください」と託してくださったこと。

そのお気持ちが本当にありがたく、同時に、その思いまで受け継ぐような気持ちで作品をつくらなければと、身の引き締まる思いがしました。

今回選ばせていただいたボタンは、後日送ってくださる予定です。

今は岡山での時間を思い返しながら、このボタンたちをどんな作品へとつないでいこうか、静かに思いを巡らせています。

岡山で再会したYさん。松屋銀座さんでお選びいただいたバングルを、素敵に着けてくださっていました。

ゴムの木

今年の2月、静岡では25年ぶりくらいの本格的な雪が降りました。

当時、庭に出していたゴムの木(左端の黒い鉢に入っている木)↓

このゴムの木の葉が雪で凍傷のようになってしまい、すべて落葉。遂には枯れてしまったように見えました。

「もうダメかな……。」

それでも、どうしても処分する気にはなれず。もしかしたら、鉢の中よりも庭の土の方が力を取り戻せるかもしれない。そんな思いで、まだ芽も出ていないゴムの木を庭へ地植えにしました。

そして枯れ木のまま、しばらく経った6月頃。枯れた幹の脇から、小さな小さな芽が顔を出しているのを見つけました。

「生きてた!」

小さな芽は少しずつ葉を広げ、気が付けば、みるみる元気な葉っぱが増えていきました。

この数か月、毎日見ていても何も変わっていないように見えていたゴムの木。

でも実際には、見えないところで根が力を蓄え、新しい芽を出す準備をしていたんだなあ。

このゴムの木を見ていて、いろいろなことを考えました。

子どもたちのことも、そのひとつ。

今ではすっかり成長した二人の子どもたち、親としては、「見守る」時間になっています。

もっと積極的に挑戦してみたらいいのに。

もっと外の世界へ飛び込んでみたらいいのに。

そんなふうに歯がゆく思うこともあります。

でも、このゴムの木を見ていたら、目に見える分かりやすい行動だけが成長ではないんだなと。

大学や職場で日常的に経験していること。

友達や仕事関係で接する方々との時間。

悩んだこと。失敗したこと。

誰にも話さなかった思い。

私には見えない毎日の中で、きっと二人はたくさんのことを感じ、考え、少しずつ根を張り、力を蓄えている。

今はまだ目に見えなくても、その積み重ねが、いつかその子らしい新芽となって現れる。

だから親にできることは、目に見える変化を急かすことではなく、見えない時間を信じて待つことなのかな、と改めて思いました。

姉弟とお姉ちゃんの旦那さんと。

そして、このゴムの木は、私自身の制作のことも考えさせてくれました。

作品づくりをしていると、全然アイデアが浮かばない時があります。

「何も思いつかない。」

「このままで展示に間に合うのかな。」

「本当に新しい作品が生まれるんだろうか。」

そんな不安になる日も少なくありません。このゴムの木も数カ月もの間、目に見える変化はありませんでした。それでも、見えないところでは、新しい芽を出すための準備を続けていた。そう思うと、制作への焦りが和らぎます。

美しい景色を見て心が動いたこと。

人との何気ない会話。

本を読んで心に残った言葉。

一見、作品とは関係ないように思える日々の暮らしの中で私の中に蓄積されいる感情や時間が、作品の根っこを育てる栄養になっているのかな。だから、アイデアが浮かばない日も、何も生まれていないわけではない。見えないところで、少しずつ次の作品の芽が育っている。

また、私は一点ものを制作しているので、一つの作品を完成させるにも時間がかかります。

そして、作品がある程度積み重なったタイミングで展示をするため、自然と一年に一度くらいのペースになってしまいます。

その時間の長さに不安を感じることもしばしばですが、その時間も作品を育てるために必要な時間なのだと思えます。展示のその日まで積み重ねる一年間も、作品を育てる大切な時間。

ゴムの木が静かに力を蓄えていたように、私も焦らず、この時間を大切に育てていきたいと思いました。

そして今朝。

庭からゴムの木を掘り上げ、役目を終えた枯れた幹を切り落とし、新しく育った芽だけを植木鉢へ植え替えました。

これから、この子が少しずつ大きくなっていく姿を、毎日の暮らしの中で愛でられるのが楽しみ。

ある日のお弁当

・ある日のお弁当

・きゅうりの回鍋肉風

・鮭

・長芋グリル

<メモ>友人の畑からのお裾分け、新鮮なきゅうりを使って回鍋肉風のみそ炒めに。ネットで見つけた初めてのレシピ、「きゅうりを味噌炒め」って新鮮!ご飯が進む甘辛味は、食欲がなくなりそうなこれからの暑い季節にも良さそう。

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・ある日のお弁当

・里芋のきのこそぼろあんかけ

・長芋の梅おかか大葉和え

・卵焼き

<メモ>里芋の煮物がしみじみ美味しく感じる54歳。サイドメニューは長芋の和え物で、芋尽くし。

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・ある日のお弁当

・麻婆なす

・きゅうりとわかめ酢の物

・卵焼き

<メモ>この日のきゅうりも友人の畑からのお裾分け。ごちそうさまです。

・ある日のお弁当

・チキン味噌カツ

<メモ>今使っている赤味噌が美味しくて、味噌を使ったメニューが増える今日この頃。

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・ある日のお弁当

・ミートローフ?

・人参とナッツのサラダ

・ホワイトアスパラガス

<メモ>冷蔵庫の残り物を総動員したメニュー。野菜を片っ端から細かく刻んでひき肉と混ぜバッドに敷き詰める→その上にこれまた冷蔵庫にあったズッキーニとブロッコリー、プチトマトを一面に広げる→オーブンへgo!!

冷蔵庫の在庫野菜を使い切った主婦の達成感+野菜をたくさん採れて身体に良い+何よりのポイント美味しい と、適当に作った割には良いこといっぱいだったミートローフ風。

前日の晩ご飯に作った時の全景がかわいらしかったので記念に📸