ゴムの木

今年の2月、静岡では25年ぶりくらいの本格的な雪が降りました。

当時、庭に出していたゴムの木(左端の黒い鉢に入っている木)↓

このゴムの木の葉が雪で凍傷のようになってしまい、すべて落葉。遂には枯れてしまったように見えました。

「もうダメかな……。」

それでも、どうしても処分する気にはなれず。もしかしたら、鉢の中よりも庭の土の方が力を取り戻せるかもしれない。そんな思いで、まだ芽も出ていないゴムの木を庭へ地植えにしました。

そして枯れ木のまま、しばらく経った6月頃。枯れた幹の脇から、小さな小さな芽が顔を出しているのを見つけました。

「生きてた!」

小さな芽は少しずつ葉を広げ、気が付けば、みるみる元気な葉っぱが増えていきました。

この数か月、毎日見ていても何も変わっていないように見えていたゴムの木。

でも実際には、見えないところで根が力を蓄え、新しい芽を出す準備をしていたんだなあ。

このゴムの木を見ていて、いろいろなことを考えました。

子どもたちのことも、そのひとつ。

今ではすっかり成長した二人の子どもたち、親としては、「見守る」時間になっています。

もっと積極的に挑戦してみたらいいのに。

もっと外の世界へ飛び込んでみたらいいのに。

そんなふうに歯がゆく思うこともあります。

でも、このゴムの木を見ていたら、目に見える分かりやすい行動だけが成長ではないんだなと。

大学や職場で日常的に経験していること。

友達や仕事関係で接する方々との時間。

悩んだこと。失敗したこと。

誰にも話さなかった思い。

私には見えない毎日の中で、きっと二人はたくさんのことを感じ、考え、少しずつ根を張り、力を蓄えている。

今はまだ目に見えなくても、その積み重ねが、いつかその子らしい新芽となって現れる。

だから親にできることは、目に見える変化を急かすことではなく、見えない時間を信じて待つことなのかな、と改めて思いました。

姉弟とお姉ちゃんの旦那さんと。

そして、このゴムの木は、私自身の制作のことも考えさせてくれました。

作品づくりをしていると、全然アイデアが浮かばない時があります。

「何も思いつかない。」

「このままで展示に間に合うのかな。」

「本当に新しい作品が生まれるんだろうか。」

そんな不安になる日も少なくありません。このゴムの木も数カ月もの間、目に見える変化はありませんでした。それでも、見えないところでは、新しい芽を出すための準備を続けていた。そう思うと、制作への焦りが和らぎます。

美しい景色を見て心が動いたこと。

人との何気ない会話。

本を読んで心に残った言葉。

一見、作品とは関係ないように思える日々の暮らしの中で私の中に蓄積されいる感情や時間が、作品の根っこを育てる栄養になっているのかな。だから、アイデアが浮かばない日も、何も生まれていないわけではない。見えないところで、少しずつ次の作品の芽が育っている。

また、私は一点ものを制作しているので、一つの作品を完成させるにも時間がかかります。

そして、作品がある程度積み重なったタイミングで展示をするため、自然と一年に一度くらいのペースになってしまいます。

その時間の長さに不安を感じることもしばしばですが、その時間も作品を育てるために必要な時間なのだと思えます。展示のその日まで積み重ねる一年間も、作品を育てる大切な時間。

ゴムの木が静かに力を蓄えていたように、私も焦らず、この時間を大切に育てていきたいと思いました。

そして今朝。

庭からゴムの木を掘り上げ、役目を終えた枯れた幹を切り落とし、新しく育った芽だけを植木鉢へ植え替えました。

これから、この子が少しずつ大きくなっていく姿を、毎日の暮らしの中で愛でられるのが楽しみ。