夜の散歩。猫ちゃんリュックに入ったニノ太も一緒に。


立秋とは名ばかりだと思っていたけれど、公園脇の道では、草むらから虫たちの、秋を思わせる涼しげな声の大合唱。
平和な一日の締めくくり。

夜の散歩。猫ちゃんリュックに入ったニノ太も一緒に。


立秋とは名ばかりだと思っていたけれど、公園脇の道では、草むらから虫たちの、秋を思わせる涼しげな声の大合唱。
平和な一日の締めくくり。


今日は、広島に原爆が投下されて81年目の日。
先日、岡山・広島へ素材を巡る旅をした際、道程でどうしても訪れたいと思っていた平和記念公園と原爆資料館へ足を運びました。
資料館では、展示から伝わる当時の惨状に言葉を失い、この世の出来事とは思えないような光景が、現実に起こったことなのだという重さを感じました。

そして、平和記念公園で目にしたのは、炎天下、日傘もささず日なたに立ち、平和を願う署名活動をしている高校生の皆さんの姿でした。
話しかけてみると、学校行事などではなく、自発的に集まった地元高校生有志が行っている活動だと教えてくれました。
自分の息子とさして年も変わらない子たちが、この暑さの中で平和への願いを胸に行動していることに、心を打たれ、私も署名をさせていただきました。小さなことでも、一人ひとりの行動が平和へ繋がっていくことを願いながら。

そんな思いを胸に広島から戻った後、熊本で大きな地震が発生しました。
自然災害はいつ、どこで起こるか分からず、決して人ごとではありません。
4年前、私自身も台風被害による一週間ほどの断水を経験し、不便さや先の見えない不安を感じました。
その経験から、ライフラインが途絶えることの大変さを少し知っているつもりでしたが、今回はそれをはるかに超える被害の中、厳しい暑さと余震が続く状況で、不安な日々を過ごされている方々がいらっしゃいます。
住まいを失われた方、大切な方を亡くされた方のご心痛は、想像するだけでは到底及びません。
犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
平和な毎日も、穏やかな暮らしも、決して当たり前ではないことを忘れずにいたい。
今の私にできることは、平和を願い続けることや、被災地に心を寄せ、寄付など自分にできる形で少しでも行動をすること。
一日も早く、被災された皆さまに穏やかな日常が戻りますよう、心よりお祈りいたします。
先に投稿しました岡山への訪問が決まったとき、せっかくなら、今、松屋銀座さんとのお取り組みで託して頂いたデニムがどのように作られているのか、この目で見てみたいと思い、少し足を延ばして広島へ伺いました。
以前、松屋銀座さんでご挨拶させていただいた三陽染工のYさんにご連絡すると、「ぜひお越しください。」と温かく迎えてくださいました。

工場を少し見学させていただくだけのつもりでおりましたが、Yさんと一緒に工場長さんもご案内くださり、各工程には担当の方が待っていてくださり、一つひとつ丁寧に説明してくださいました。
縦糸が張られ、横糸が入り、一枚のデニムへと織り上がっていく工程。大きな機械が動く一方で、人の目で糸の張りを確認し、生地に付いた小さな埃を1つ1つ取り除く作業まで、実際に拝見することができました。

工場の中はとても暑く、その中で真剣にものづくりと向き合う皆さんの姿から、一枚のデニムがたくさんの手と技術によって生まれていることを感じました。

もう一つ、この訪問での目的がありました。
それは、作り手である山陽染工さんに、直接ご報告したいことがあったからです。
現在、このデニムにある加工を施す試みをしています。それは、デニム本来の表情や風合いを変えることにもつながります。
以前から、大切に作られたデニムの表情を変えてしまうことは、作り手の皆さんに対して失礼ではないだろうか、という思いが心のどこかにありました。
そこで今回、その加工を施したデニムをご覧いただき、私が感じていた迷いも率直にお伝えしました。
すると、「どうぞ好きに料理してください。」と笑顔でおっしゃってくださいました。
その言葉に気持ちがすっと軽くなり、安心して制作を進めていこうと思うことができました。

さらに、作品で考えているフリンジの表現についても、素材を知り尽くした生産者だからこそのアドバイスをいただき、とても実りある時間になりました。




今回、実際にデニムづくりの現場を拝見して改めて感じたのは、一枚のデニムの背景には、多くの方の技術と、手間を惜しまない仕事があるということ。
その背景ごと大切に受け取りながら、NINOらしいアップサイクル作品へとつなげていきたいと思います。
先日、作品づくりに関わるありがたいご縁をいただき、岡山と広島を訪ねました。今日は、その旅の中での岡山での出来事を記録します。
きっかけは、昨年秋の松屋銀座さんでのポップアップ。月に一度、東京に住む娘さんのもとを訪れるため岡山からいらしていたお客様が、その日たまたま松屋銀座へ立ち寄られ、私のブースの前で足を止めてくださいました。
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作品をとても熱心にご覧くださり、お話を伺うと、ご主人のご実家は、オーダーメイドのお洋服に使うボタンや付属品を扱うお店を営まれていたとのことでした。
私がボタンを使った作品を制作していることもあり、「こんなふうに生かすことができるんですね」と興味を持ってくださいました。
今ではオーダーメイドのお洋服を仕立てる方も少なくなり、倉庫には長年大切に保管されてきたボタンがたくさん眠っているとのことでした。
「もしよかったら、そのボタンを使っていただけませんか。」
そうお声をかけていただいたことが、今回の岡山訪問につながりました。
訪問までのやり取りでは、ボタンのことだけでなく、静岡から赴く私のために、岡山のおすすめの場所や公共交通機関の利用方法、それぞれの所要時間まで丁寧に教えてくださいました。

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さらに、素材を見せていただくだけでなく、「もしよろしければ、お食事もご一緒にいかがですか」とまでお声をかけてくださいました。

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その細やかなお心遣いからお人柄が伝わってきて、尋ねる前からありがたいご縁に感謝せずにはいられませんでした。
当日伺うと、「倉庫は暑いから」と、事前にたくさんのボタンをエアコンの効いた別の事務所へ運び、準備してくださっていました。

カウンターいっぱいに並べられたボタンの箱を目にした瞬間、胸が高鳴りました。
さらに、「こんなものもあるんです。もし使えそうでしたら」と見せてくださったのは、美しい白蝶貝のバックルや、今ではなかなか目にすることのない意匠を凝らした金具たちでした。

その後、倉庫にも案内していただき、事務所には運びきれなかった数多くのボタンを拝見しながら、ボタンにまつわるお話を聞かせていただきました。

当時、これらのボタンは、京都のボタン屋さんがお店まで大きな荷物を持って来られ、その中から一つひとつ選んで仕入れていたそうです。
義理のお母様は生前、
「これが腐ってくれたら思い切って処分できるんだけど、こんなにきれいなものは、とても捨てられない。」
と、おっしゃっていたそうです。
そんなお話を伺うにつけ、目の前に並ぶボタンは単なる商品ではなく、一つひとつ丁寧に選ばれ、長い年月を経て大切に受け継がれてきた、その時間や思いまでもが伝わってくるようでした。
時代を越え、お母様、そして今回お声をかけてくださったYさんへと受け継がれ、大切に守られてきたボタンたち。
そんなかけがえのない素材を、ポップアップで一度出会った私に「使ってください」と託してくださったこと。
そのお気持ちが本当にありがたく、同時に、その思いまで受け継ぐような気持ちで作品をつくらなければと、身の引き締まる思いがしました。
今回選ばせていただいたボタンは、後日送ってくださる予定です。
今は岡山での時間を思い返しながら、このボタンたちをどんな作品へとつないでいこうか、静かに思いを巡らせています。


今年の2月、静岡では25年ぶりくらいの本格的な雪が降りました。
当時、庭に出していたゴムの木(左端の黒い鉢に入っている木)↓

このゴムの木の葉が雪で凍傷のようになってしまい、すべて落葉。遂には枯れてしまったように見えました。
「もうダメかな……。」
それでも、どうしても処分する気にはなれず。もしかしたら、鉢の中よりも庭の土の方が力を取り戻せるかもしれない。そんな思いで、まだ芽も出ていないゴムの木を庭へ地植えにしました。
そして枯れ木のまま、しばらく経った6月頃。枯れた幹の脇から、小さな小さな芽が顔を出しているのを見つけました。
「生きてた!」
小さな芽は少しずつ葉を広げ、気が付けば、みるみる元気な葉っぱが増えていきました。

この数か月、毎日見ていても何も変わっていないように見えていたゴムの木。
でも実際には、見えないところで根が力を蓄え、新しい芽を出す準備をしていたんだなあ。
このゴムの木を見ていて、いろいろなことを考えました。
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子どもたちのことも、そのひとつ。
今ではすっかり成長した二人の子どもたち、親としては、「見守る」時間になっています。
もっと積極的に挑戦してみたらいいのに。
もっと外の世界へ飛び込んでみたらいいのに。
そんなふうに歯がゆく思うこともあります。
でも、このゴムの木を見ていたら、目に見える分かりやすい行動だけが成長ではないんだなと。
大学や職場で日常的に経験していること。
友達や仕事関係で接する方々との時間。
悩んだこと。失敗したこと。
誰にも話さなかった思い。
私には見えない毎日の中で、きっと二人はたくさんのことを感じ、考え、少しずつ根を張り、力を蓄えている。
今はまだ目に見えなくても、その積み重ねが、いつかその子らしい新芽となって現れる。
だから親にできることは、目に見える変化を急かすことではなく、見えない時間を信じて待つことなのかな、と改めて思いました。

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そして、このゴムの木は、私自身の制作のことも考えさせてくれました。
作品づくりをしていると、全然アイデアが浮かばない時があります。
「何も思いつかない。」
「このままで展示に間に合うのかな。」
「本当に新しい作品が生まれるんだろうか。」
そんな不安になる日も少なくありません。このゴムの木も数カ月もの間、目に見える変化はありませんでした。それでも、見えないところでは、新しい芽を出すための準備を続けていた。そう思うと、制作への焦りが和らぎます。
美しい景色を見て心が動いたこと。
人との何気ない会話。
本を読んで心に残った言葉。
一見、作品とは関係ないように思える日々の暮らしの中で私の中に蓄積されいる感情や時間が、作品の根っこを育てる栄養になっているのかな。だから、アイデアが浮かばない日も、何も生まれていないわけではない。見えないところで、少しずつ次の作品の芽が育っている。
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また、私は一点ものを制作しているので、一つの作品を完成させるにも時間がかかります。
そして、作品がある程度積み重なったタイミングで展示をするため、自然と一年に一度くらいのペースになってしまいます。
その時間の長さに不安を感じることもしばしばですが、その時間も作品を育てるために必要な時間なのだと思えます。展示のその日まで積み重ねる一年間も、作品を育てる大切な時間。
ゴムの木が静かに力を蓄えていたように、私も焦らず、この時間を大切に育てていきたいと思いました。

そして今朝。
庭からゴムの木を掘り上げ、役目を終えた枯れた幹を切り落とし、新しく育った芽だけを植木鉢へ植え替えました。
これから、この子が少しずつ大きくなっていく姿を、毎日の暮らしの中で愛でられるのが楽しみ。

・ある日のお弁当
・きゅうりの回鍋肉風
・鮭
・長芋グリル
<メモ>友人の畑からのお裾分け、新鮮なきゅうりを使って回鍋肉風のみそ炒めに。ネットで見つけた初めてのレシピ、「きゅうりを味噌炒め」って新鮮!ご飯が進む甘辛味は、食欲がなくなりそうなこれからの暑い季節にも良さそう。
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・ある日のお弁当
・里芋のきのこそぼろあんかけ
・長芋の梅おかか大葉和え
・卵焼き
<メモ>里芋の煮物がしみじみ美味しく感じる54歳。サイドメニューは長芋の和え物で、芋尽くし。
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・ある日のお弁当
・麻婆なす
・きゅうりとわかめ酢の物
・卵焼き
<メモ>この日のきゅうりも友人の畑からのお裾分け。ごちそうさまです。
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・ある日のお弁当
・チキン味噌カツ
<メモ>今使っている赤味噌が美味しくて、味噌を使ったメニューが増える今日この頃。
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・ある日のお弁当
・ミートローフ?
・人参とナッツのサラダ
・ホワイトアスパラガス
<メモ>冷蔵庫の残り物を総動員したメニュー。野菜を片っ端から細かく刻んでひき肉と混ぜバッドに敷き詰める→その上にこれまた冷蔵庫にあったズッキーニとブロッコリー、プチトマトを一面に広げる→オーブンへgo!!
冷蔵庫の在庫野菜を使い切った主婦の達成感+野菜をたくさん採れて身体に良い+何よりのポイント美味しい と、適当に作った割には良いこといっぱいだったミートローフ風。

前日の晩ご飯に作った時の全景がかわいらしかったので記念に📸
今日で6月も終わり。
今月は私の誕生日があり、また一つ年を重ね54歳になりました。
誕生日になると、時々読み返す一通の手紙があります。
1998年5月に結婚し、その翌月、26歳の誕生日に母が送ってくれた手紙です。

当時の私は、新生活が始まったばかり。
結婚前はメーカーで営業事務の仕事を忙しくしていたので、日中家にいて、料理をしたり、家の中を整えたりする暮らしそのものが新鮮でした。
毎日の家事も楽しくて、夢中になっていた頃です。
そんな私に母は、
「これからも手抜きなしの家事を息切れしないようこなせるようになるといいね。」
と書いてくれていました。
きっと母は、新鮮なうちは誰でも頑張れるけれど、大切なのは、それを無理なく何十年も続けていくことなのだと伝えたかったのではないかな。
そして、もう一つ。
「生活のリズムを身につけ、周りの人に安心というプレゼントが早くできますよう。」
当時の私は、この言葉が正直ピンときませんでした。
でも、年を重ねるごとに、その言葉が少しずつ心に染みるようになり、今では腑に落ちています。
+
実家に電話をすると、母はいつも明るい声で応えてくれます。
よく笑い、今も元気に畑仕事をしながら、野菜を子どもたちにお裾分けしてくれます。
そんな変わらず明るい母の姿に、私はいつもほっとします。
「大切な家族が元気で、笑っていてくれる。」
それだけで安心して、自分のやるべきことに向き合える。
そんな目に見えないプレゼントがあることを、年を重ねるごとに実感しています。
26歳の私にはよく分からなかった母の言葉。
今では私も母となり、気がつけば、娘があの頃の私と同じ26歳になりました。
家族が安心して、それぞれの世界で歩みを進めていけるように。
私自身が元気で、笑顔で、日々を大切に暮らしながら、「安心というプレゼント」を届けられる存在でありたい。
そんなことを思う、54歳の6月でした。

・ある日のお弁当
・ぶりの煮付け
・ネギ入り卵焼き
・人参、ブロッコリー、エリンギグリル
+

・ある日のお弁当
・牛スジ、牛蒡、蒟蒻、新生姜の煮物
・鶏ハム棒棒鶏風
・ズッキーニ
+

・ある日のお弁当
・鮭
・長芋、しめじ、葱の中華風炒め
・ほうれん草のお浸し
・卵焼き
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・ある日のお弁当
・キノコと豚肉のパスタ
・トウモロコシ、ブロッコリー
<メモ>庭の片隅で育てているバジルが成長してきて、お料理にお弁当の彩りに重宝。
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・ある日のお弁当
・味噌カツ
・コールスローサラダ、ブロッコリー
+

・ある日のお弁当
・オムライス
・人参とナッツのサラダ

昨日、お友達とのランチに、大好きなお店の練り切りをお土産にしようと思って持って行きました。
が、
おしゃべりに夢中になりすぎて、結局バッグの中に入れたまま渡し忘れ、そのまま持ち帰ってきてしまいました。
後から「渡し忘れちゃって。」とお届けするのも、かえって気を遣わせてしまいそうなシチュエーションだったので、、、。
結局、本日、自分でいただきました。
思いがけず😅優雅なティータイム。
6月を閉じ込めたような美しい練り切りでした。