広島へ

先に投稿しました岡山への訪問が決まったとき、せっかくなら、今、松屋銀座さんとのお取り組みで託して頂いたデニムがどのように作られているのか、この目で見てみたいと思い、少し足を延ばして広島へ伺いました。

以前、松屋銀座さんでご挨拶させていただいた三陽染工のYさんにご連絡すると、「ぜひお越しください。」と温かく迎えてくださいました。

工場を少し見学させていただくだけのつもりでおりましたが、Yさんと一緒に工場長さんもご案内くださり、各工程には担当の方が待っていてくださり、一つひとつ丁寧に説明してくださいました。

縦糸が張られ、横糸が入り、一枚のデニムへと織り上がっていく工程。大きな機械が動く一方で、人の目で糸の張りを確認し、生地に付いた小さな埃を1つ1つ取り除く作業まで、実際に拝見することができました。

工場の中はとても暑く、その中で真剣にものづくりと向き合う皆さんの姿から、一枚のデニムがたくさんの手と技術によって生まれていることを感じました。

もう一つ、この訪問での目的がありました。

それは、作り手である山陽染工さんに、直接ご報告したいことがあったからです。

現在、このデニムにある加工を施す試みをしています。それは、デニム本来の表情や風合いを変えることにもつながります。

以前から、大切に作られたデニムの表情を変えてしまうことは、作り手の皆さんに対して失礼ではないだろうか、という思いが心のどこかにありました。

そこで今回、その加工を施したデニムをご覧いただき、私が感じていた迷いも率直にお伝えしました。

すると、「どうぞ好きに料理してください。」と笑顔でおっしゃってくださいました。

その言葉に気持ちがすっと軽くなり、安心して制作を進めていこうと思うことができました。

さらに、作品で考えているフリンジの表現についても、素材を知り尽くした生産者だからこそのアドバイスをいただき、とても実りある時間になりました。

今回、実際にデニムづくりの現場を拝見して改めて感じたのは、一枚のデニムの背景には、多くの方の技術と、手間を惜しまない仕事があるということ。

その背景ごと大切に受け取りながら、NINOらしいアップサイクル作品へとつなげていきたいと思います。

岡山へ

先日、作品づくりに関わるありがたいご縁をいただき、岡山と広島を訪ねました。今日は、その旅の中での岡山での出来事を記録します。

きっかけは、昨年秋の松屋銀座さんでのポップアップ。月に一度、東京に住む娘さんのもとを訪れるため岡山からいらしていたお客様が、その日たまたま松屋銀座へ立ち寄られ、私のブースの前で足を止めてくださいました。

去年の松屋銀座さんポップアップ時に、選んでくださったバングルとともに撮らせていただいた着画。

作品をとても熱心にご覧くださり、お話を伺うと、ご主人のご実家は、オーダーメイドのお洋服に使うボタンや付属品を扱うお店を営まれていたとのことでした。

私がボタンを使った作品を制作していることもあり、「こんなふうに生かすことができるんですね」と興味を持ってくださいました。

今ではオーダーメイドのお洋服を仕立てる方も少なくなり、倉庫には長年大切に保管されてきたボタンがたくさん眠っているとのことでした。

「もしよかったら、そのボタンを使っていただけませんか。」

そうお声をかけていただいたことが、今回の岡山訪問につながりました。

訪問までのやり取りでは、ボタンのことだけでなく、静岡から赴く私のために、岡山のおすすめの場所や公共交通機関の利用方法、それぞれの所要時間まで丁寧に教えてくださいました。

おすすめしていただいた大原美術館。建物も所蔵品も素晴しかった!

倉敷美観地区の美しい街並み

さらに、素材を見せていただくだけでなく、「もしよろしければ、お食事もご一緒にいかがですか」とまでお声をかけてくださいました。

ご案内いただいたお店での夜のお食事。新鮮な食材を使った、味はもちろん、目にも美しいお料理。

その細やかなお心遣いからお人柄が伝わってきて、尋ねる前からありがたいご縁に感謝せずにはいられませんでした。

当日伺うと、「倉庫は暑いから」と、事前にたくさんのボタンをエアコンの効いた別の事務所へ運び、準備してくださっていました。

カウンターいっぱいに並べられたボタンの箱を目にした瞬間、胸が高鳴りました。

さらに、「こんなものもあるんです。もし使えそうでしたら」と見せてくださったのは、美しい白蝶貝のバックルや、今ではなかなか目にすることのない意匠を凝らした金具たちでした。

その後、倉庫にも案内していただき、事務所には運びきれなかった数多くのボタンを拝見しながら、ボタンにまつわるお話を聞かせていただきました。

当時、これらのボタンは、京都のボタン屋さんがお店まで大きな荷物を持って来られ、その中から一つひとつ選んで仕入れていたそうです。

義理のお母様は生前、

「これが腐ってくれたら思い切って処分できるんだけど、こんなにきれいなものは、とても捨てられない。」

と、おっしゃっていたそうです。

そんなお話を伺うにつけ、目の前に並ぶボタンは単なる商品ではなく、一つひとつ丁寧に選ばれ、長い年月を経て大切に受け継がれてきた、その時間や思いまでもが伝わってくるようでした。

時代を越え、お母様、そして今回お声をかけてくださったYさんへと受け継がれ、大切に守られてきたボタンたち。

そんなかけがえのない素材を、ポップアップで一度出会った私に「使ってください」と託してくださったこと。

そのお気持ちが本当にありがたく、同時に、その思いまで受け継ぐような気持ちで作品をつくらなければと、身の引き締まる思いがしました。

今回選ばせていただいたボタンは、後日送ってくださる予定です。

今は岡山での時間を思い返しながら、このボタンたちをどんな作品へとつないでいこうか、静かに思いを巡らせています。

岡山で再会したYさん。松屋銀座さんでお選びいただいたバングルを、素敵に着けてくださっていました。

第一号作品完成

松屋銀座さんとのお取り組みで、アップサイクルデニムを使って作り続けていた小さなリボンたち。

その先をまだお伝えできていませんでしたが、この度、このようなバッグとして完成しました。

ここからは少し時間を巻き戻して、リボンたちがひとつのバッグへと形になっていくまでの過程を綴っていきたいと思います。

デニムのリボンを作り続けているうちに、このバッグにもう少し光のような存在を加えたくなりました。

そのとき思い出したのが、いつか使おうと思いながら大切にしまっていた着物の帯です。

美しいロイヤルブルーの絹の帯から生まれるリボンは、マットな質感のデニムとは異なる光沢で作品に新しい表情が生まれるだろうと、作りながらワクワク。

ただ、制作は想像以上に難しいものでした。

帯の芯の生地と共になった絹はデニム以上に硬く、リボンに仕立てるのはなかなか大変な作業でした。

それでも、長い間しまわれていた帯にもう一度役割を与えたいという思いと、思い描いた景色を形にしたいという気持ちで手を動かし続けました。

時間はかかりましたが、デニムのリボンの中に絹のリボンが加わった様子は、思い描いていた通りの様子に。

マットなデニムの青の中で、絹の光沢がさりげなく光を集め、新しい表情を与えてくれました。

このリボンたちは、バッグの飾りとなりますが、、、

ただ単にリボンの装飾というよりは、無数のリボンを重ねながら、一つの景色を作りたいとのイメージで進めておりました。

同じ大きさのリボンを規則的に並べるのではなく、大きさも、色も、柄も少しずつ異なるリボンを作り、それぞれの向きや角度、間隔を調整しながら配置していきました。

密に重なる部分もあれば、少し余白を残す部分もある。


そんな違いを積み重ねながら、全体でひとつの表情になることを目指しました。

硬いリボンを革に縫い付けていく作業は力が必要で、ペンチを使って針を引っ張ったり、時には指に針を刺してしまい流血なんてことも,,,涙。


それでもコツコツと。一つ取り付けては少し離れて全体を眺め、また一つ取り付けては全体を眺める。


効率よりも、完成したときにどんな景色が見えるかを大切に、丁寧に縫い付けていきました。

こちらは、リボンを縫い付けた部分をバッグの裏側から見た様子です。

黒い糸の玉留めが並ぶ姿は、なんだかアリンコの行列のよう・笑

表からは見えなくなる部分ですが、ひとつひとつしっかりと縫い留め、補強をしながら取り付けています(玉留め部分には補強のための接着処理を施しています)。

たくさんのリボンが自由に重なっているように見えても、その裏側には、それを支えるたくさんの小さな仕事あり!

完成すると見えなくなってしまう部分ですが、そんな裏側の処理もぬかりなく、長く安心してお使いいただけますように。

すべてのリボンを縫い付け終えた後、持ち手と底を取り付けた様子。

ここまで来ると、ひとつひとつの素材だったものが、ようやくバッグとしての姿を見せ始めました。

たくさんのリボンが作り出す景色に、持ち手と底が加わることで、少しずつ「作品」+「使うもの」へと変わっていきます。

完成まであと少し。

こちらはバッグの内布。


内側にはポケットを取り付け、内布の底部分とポケットにはレザーを使用しました。毎日の中で気持ちよく使っていただけるよう、強度が必要な部分にはレザーを合わせています。

使いやすさや耐久性にも配慮しながら仕立てていきました。

置いた時に底面が直接触れにくくなることで擦れを防ぎ、長くお使いいただくための耐久性も考えて、バッグの底には底鋲を。

華やかなリボンの表側だけでなく、見えない内側や底の部分にも、使いやすさや丈夫さを大切にしながら仕立てています。

バッグ本体も、手間暇惜しまず、手縫いで仕立てています。

時間をかけて、手の感覚を大切にしながら形にしていく工程です。

ようやく形になったバッグ。

360度、表情の違いをご覧くださいませ。

華やかな松屋銀座さんのショーウィンドウを彩っていたデニム。

展示期間を終えれば、その役目を終えるはずだった素材を受け取り、もう一度新たな形へとつないでいく取り組み。

その第一号作品として、このバッグが完成しました。

リボンは、贈り物に添えるもの。

広島県福山で生まれ、松屋銀座さんのショーウィンドウを彩ったデニムが、私の創造力と手仕事を通じて、また次の誰かのもとへ。

そんな贈り物を手渡すような気持ちで、制作いたしました。

ある日のお弁当と感謝

・ある日のお弁当

・肉じゃが

・ズッキーニ、ピーマングリル

+

・ある日のお弁当

・ドライカレー+目玉焼き

・りんご

<メモ>55歳オジサンのお弁当にウサギのりんご^^

+

・ある日のお弁当

・春巻き

・牛スジ、ごぼう、大根、こんにゃくの煮物

・オクラ

・びわ

<メモ>中華飯の具のリメイクで春巻き。

+

・ある日のお弁当

・鶏、たまごそぼろ

・いちご、りんご

<メモ>実家の母が育てたグリンピースでそぼろ丼に彩りを。

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実家からグリンピースをお裾分けしてもらう季節。

何度も書いていますが、このブログを始めた2005年の当初の投稿に、実家の母が育てたグリーンピースで炊いたご飯を投稿しています。

「緑の水玉」

母が送ってくれた豆を幼かった娘とおしゃべりしながら鞘から取り出したエピソードを交えて綴った投稿です。

気がつけば、あれから21年。

今年もまた母が畑で育てたグリーンピースを分けてくれて、それをこうして味わっています。

21年という時間が流れても、母が元気に畑仕事を続けていてくれること。
季節ごとの恵みを変わらず受け取れること。

それは当たり前ではなく、とてもありがたいことだなと思います。

一方で、私たちの生活は少しずつ変わりました。

ブログを始めた頃は、子どもたちはまだ小さく(ちょ太にいたっては、まだ生まれてもおらず)、どんな場所へも家族4人でまるで動物の群れのようにいつも一緒に行動していました。

それが今では子どもたちもそれぞれの世界を持ち、この家から巣立ち、旦那さんと二人の生活に。

そんな風に変わったこともたくさんあります。

でも、季節が巡り、母のグリーンピースを味わい、こうして日々のごはんやお弁当を記録していることは、あの頃から変わっていません。

そしてこのブログも、長い間変わらず読んでくださっている方がいて、ポップアップなどで「見ています」と声をかけてくださる方もいらっしゃいます。

この小さな生活をどこかでそっと見守り、応援してくださる方がいること。

その存在にも支えられながら、こうして続けてくることができました。

いつも本当にありがとうございます。

変化していくことも、変わらず続いていくことも、どちらも私の「小さな生活」の大切な一部。

21年という時間をつつがなく重ねることができたことに感謝しながら、22年目もまたその日々を残していけたらと、「緑の水玉」を眺めながら思っています。

制作日誌

先日投稿しました、松屋銀座さんとのお取り組みで届いたデニム。

まず作り始めた小さなリボンが、少しずつ増えています。

ひとつひとつカットして、形を整えて、手で縫い留める。

厚みのあるしっかりしたデニムなので、
小さなリボンひとつ作るにしても、
思った以上に手間も、力も、時間も必要です。

でも、小さなパーツひとつも妥協したくない!!

頭の中に浮かんだ景色を探りながら、
少しずつ、少しずつ形にしています。

時間はかかっても、手間は惜しまず。

丁寧な手仕事の積み重ねが、
最後にちゃんと作品の空気になると信じて。

制作日誌

先日届いた、松屋銀座さんのディスプレイから解体されたデニムを使った作品の制作に、取りかかり始めました。

素材を前にイメージを広げながら、まずは小さなリボンを作っている最中です。

この松屋銀座さんとのアップサイクルの取り組みに限らずですが、一度役目を終えたものを、ただ別の形で使い直すということだけではなく、その素材だからこそ生まれる形や空気を、自分の想像力と手仕事で、しっかり作品として形にしていきたいと思っています。

時間も工程も惜しまずに、頭の中に浮かんだ景色を探りながら、少しずつ形にしていく感覚。

その過程そのものに、作り手として今とてもワクワクしています。

これから少しずつ、このデニムが変化していく様子も記録していけたらと思います。

ショウウインドウからアトリエへ

松屋銀座さんのウィンドウで使われていたデニムや刺繍のワッペンが、アトリエに届きました。

箱を開けると、あの華やかな銀座の景色が蘇るようで、布たちがまだその空気をまとっているようにも感じました。

松屋銀座さんの正面入口や売り場、地下鉄へ続く通路のウィンドウ。

たくさんの人が行き交う場所で、多くの人の目を引き、気持ちを高揚させながら、街や空間の一部になっていたものが、今こうして私の小さなアトリエにあることが、なんだかまだ不思議です。

広島・福山のデニム、群馬・桐生の刺繍。

生産者の方たちが手間と時間をかけて生み出したものたちは、その人々の思いごと宿っているような気がしています。

広島や群馬から銀座へ巡り、ひとつの美しい景色となり、役目を終えて解体され、今度はまた素材として静岡の私のもとへ。

これから丁寧に時間をかけながら、この素材たちが持つ時間や思いも受け取り、しっかりと次の形へつなげていけるよう向き合っていきたいと思います。

母の日に

春の景色の中に、
小さな花たちが咲いたようなブローチになりました。

この作品に使っている葉は、
義理の母が作った染め花のものです。

染料を調合し、
布を染め、
一枚ずつカットしながら、
コテを当てて立体に仕上げていく。

時間と手間をかけて作られた葉たち。

以前にご紹介した旦那さんのお母さんから受け取った葉がこうして、形になりました。

役目を終えたレザーの洋服や、
パールのアクセサリーなど、
それぞれ別の時間を過ごしてきた素材を、
義理の母が作ってくれた染め花の葉と合わせて、
小さな花束のようなブローチにしました。

今日は母の日。

毎日誰かを想い、支えながら、
日々を重ねている全てのお母さんたちに、
小さな花束を贈るような気持ちで投稿します。

お母さんの美しい手仕事

これまでも何度か綴ってきたように、旦那さんのお母さんは、50年以上 布花を作り続けている手仕事の大先輩です。

染料の調合から、布のカット、一枚一枚コテで立体をつくるところまで、すべて手仕事。

今回、お願いしていた小さな葉をこんなに沢山作って届けてくれました。

染料から手をかけているだけあって、ニュアンスのある美しい色合いと、繊細な形と立体感。いつもながら美しい作品、そして、思っていた以上に沢山準備してくれていて、その一つ一つに時間と手間がかかっていることを思うと、本当に有難い気持ちになります。

これまでも、こうした美しい布花や葉を使わせてもらいながら、作品を作ってきました。

革のコサージュと合わせたり、

贅沢にもこんなにふんだんに布花を重ねたつけ襟風ネックレスも。

お母さんの丁寧な手仕事で生まれたものを、こうして私の作品の中で重ねていけること、そしてそれを「使っていいよ」と応援してもらえること。その両方に感謝を込めながら少しずつ作品の中に息づかせていけたらと思います。

ちょ太へエールを込めて贈ります!

思いがけない春休みの骨折で、少し遅れてのスタートになりましたが、ちょ太はこの春から、大学の近くで一人暮らしを始めることになりました。

高校生の頃には、県外の大学に進み一人暮らしをしながら大学生活を送りたいという希望をもっていました。私たちもまた、子育ての1つのゴールを「自立」に置いてきました。

そうした思いを持ちながらも、入試から様々な選択を経てご縁のあった地元の大学へ進学しました。

昨年の入学からの1年間は、実家から通学していましたが、公共交通機関の便があまり良くなく、サークルのある日は帰宅が遅くなり、もれなく友達の家に泊めてもらってきました。

そんな日々の中で、あらためて考えたのが「自立」ということ。社会に出る前に、自分のことを自分で考え、整えながら暮らしていく時間の大切さを感じ、また、本人の意思もあって、この春から一人暮らしを始めることにしました。

新しい部屋で使う、キーホルダーとガラスのランプシェード。どちらも、毎日の暮らしの中で触れたり、目に留まったりするもの。

これまでのように、身の回りのことに手をかけてあげたり、同じ空間で時間を共有することは一区切りを迎えるけど、ちょ太の一人の時間にこの手作りの品々がそっと寄り添ってくれますように、、、これからの日々が実り多いものになりますように、、、そんな気持ちを込めて作りました。

少し遅れて始まるちょ太の一人暮らしにエールを込めて贈ります!

アパートの鍵用にキーホルダー。ちょ太のリクエストに応え、ブルーの革で作りました。いつも通り手縫いで一針一針チクチク。

こちらもちょ太のお好みでアンバーカラーをセレクト。優しい光で部屋がくつろぎの空間になりますように。