不変の核

最近取り組んでいるアトリエのプチ模様替え。それに伴い、棚の中にため込んだ書類や雑誌なども片付けをしていたら、何年も手に取っていなかった黄色いファイルを発見。開いてみたら、こんなものが挟んであった。

ああ、懐かしい~~。この紙の存在を全く忘れていたけれど、ファイルを開けば蘇る記憶。これは、NINOのHPを作ろうとしていた2008年に、自分たちの大切にしていること(=NINOの活動の核になること)を言語化してみたものです。

2008年と言えば、転勤族だった旦那さんが単身赴任先から戻り、静岡で家族そろって暮らす生活を第一に考えて、会社を辞めた年。旦那さんはその年、お勤めをせず勉強に励んだ1年。家計の為に急遽勤めに出た私は、慣れない職種(とある法人の理事長秘書)に緊張感いっぱいの日々。小学三年生の娘と1歳の息子と家族四人、私達らしい日々の暮らしと未来を模索しながら過ごしていた時間が懐かしく蘇ります。

旦那さんも私もまだ30代。小さな子供二人を抱え、頼れる実家も県外で、時間も家計もやりくりが大変だったけれど4人で力を合わせてが頑張った時間は、振り返れば貴重な家族の歴史。

その時作ったNINOのHP。最近ではすっかり開くことも無くなっていたけれど、改めて見返すと、NINOが私達の日々の思考や行動の根底にあることを改めて思う。中でも、THOUGHTというカテゴリーに記した、これが私たちの核となっているのは、2022年になった今も不変。

親心

この春から、娘を社会に送り出し、これで母親としては一安心と思っていた私。ところが、そうではなかった、、、慣れない仕事に疲れて帰宅する様子を目にすれば、仕事は務まっているだろうか?人間関係に困っていないだろうか?と、安心どころか、あれこれ心配している。

学生ではなくなって金銭的に援助することはなくなっても、わが子のことを気にかける気持ちは、きっとこのまま変わることなく、私の人生が終わるまで続くんだろうな。

そんなことを思っていた矢先、母から荷物が届く。

箱を開けたら、ずらりと並んだトウモロコシが、こんにちは!!新聞紙が巻いてある包みは長ねぎの束。小さなジップロックの袋には、母のお手製梅干し。そして、この下には精米したてのお米。

お米は10kgはあろうかという重さ。75歳のおばあちゃんには、運ぶのだって重くて一苦労だろう。それなのに、私が結婚してから20数年、定期便のようにせっせとこの愛情便が届き続ける。お母さん、私、もう50歳だよ。

自分も子を育ててみて、以前よりは母の気持ちが分かるようになったから、この荷物の重さをずっしり感じながら、お米や野菜に込められた気持ちが有難い。しみじみと。

庭の木から

先日、庭の木の手入れをしていた旦那さんが、鳥の巣を発見。

既に雛が巣立った後らしく、長らくお留守の雰囲気だったので、手入れしていた他の枝と同じように巣の作られた枝も切り落としました。

枝分かれした場所にきっちりと納まる形に作り上げられている。安定感抜群に住める場所を、ちゃんと選んでいるんだろうな。

巣の中は見事にまん丸。小さな巣で、雛が肩寄せ合って暮らしていても、優しく包んでもらえそうな形。美しいだけでなく、命を繋いでいくのに理にかなった作りなんだろうな。

とんかちや釘など何の道具も持っていない鳥さん。材料を調達するお店も無し。当然、ユーチューブで作り方を調べたりすることも(笑)、誰かにやり方を教えてもらうこともなし。

ただ、本能と身一つでこんな見事に住み心地良さそうな巣を作っている。

一方、世に溢れる情報を詰め込んだ頭で、アレヤコレヤ考えて迷走したり、妙な作為もチラチラと頭をよぎったりしながらモノ作りをしている私は、鳥さんが作った見事な巣の姿に教えられることがあります。

そんなこともあり、私はかねてから、昆虫などの自然界の生物の住処の美しさに惹かれていたのかな??

アトリエの「自然の造形美コレクション」に、庭の鳥の巣も加えました。

制作に迷ったときには、この作為のない自然の造形美を拝んで心を清めます^^

鳥の巣と言えば、、、

昨年末のリースの展示会用に作りました「bird’s nest」という平置き型の作品があります。

展示会でお嫁入りすることなく私のところに戻り、今は我が家の玄関に飾っています。

本家本元の「bird’s nest」には及ばないけど、こちらも日々愛でて暮らしております。

緑の水玉

実家の母が育てたグリンピースの鞘を剥く。中から顔を出した丸々と可愛い緑のお豆を見ると思い出す、このブログに「緑の水玉」と初めて投稿した日のことを。

あの日からスタートし、その時々の出来事や気持ちを綴った1日1日の私の小さな生活が繋がって、この5月で17年!!

長い年月が過ぎたけれど、毎年恒例の母のグリンピースを今年も味わえて、ささやかながらも楽しい毎日を続けられていることが有難いなあ、と、グリンピースの鞘を剥きながら思うのでした。

ブログを始めた節目の5月に改めて、この小さな生活のモットーを記録します。

「少しの工夫と心がけで、ささやかながらも楽しい毎日」

背伸びしない。

自分の大切なことを見失わない。

毎日を心豊かに楽しく過ごす!

18年目も変わらず、この精神で私の「小さな生活」を送っていこう。

それぞれの場所で

ゴールデンウイーク、愛知への帰省を終え静岡へ戻る道すがら、安倍川を渡る橋の車窓から眺めた夕日。

安倍川のこの景色を見ると、「静岡へ戻って来たなあ。」と帰省する度に感じる。

生まれ育った故郷で、離れて暮らす家族も私たちも皆が健康で一緒に過ごせた時間に感謝しつつ、また静岡に戻って私は私の場所でがんばろうと思う。

自分の花を咲かせてね!!

ひとつ前に投稿した、クッピーラムネのドア。そのドアの向こう側、娘の部屋は最近模様替えされて、とても彼女らしい空間になっていたので、学生生活を終え、社会に羽ばたいたばかりの娘の部屋を本人の許可をもらいここに記録します。

クラッシックなワゴンの上にお気に入りの品々が飾られたスペース。そのなかに、彼女が生まれて1か月の初宮参りの時に使った張り子の犬も飾られている。いつか、私が断捨離しようか迷っていた時に、自分のお宮参りに使われた物とも知らない娘が、「何これー?可愛い♡♡もらっていい??」と言い、以来彼女の元で大切にされている。

犬の子は病気をせずにスクスク育つことから、犬の子のように丈夫に元気に育つように との願いを込めて、初宮参りで用いられるという犬張り子。おかげさまで元気にここまで成長しました。

先ほどのスペースを少し引いて見た画像。

和洋折衷、古いもの新しいもの、テイストの違う様々をミックススタイルで。彼女のこういう感覚は私ととても似ている。

アクセサリーのスペース。レディーの頭にのったsatosatosaのバングルは、松屋さんに出店していた時にお客さんとして来てくれた彼女がお買い上げしてくれたもの。娘でありsatosatosaの作品のファンでもいてくれる有難い存在。

窓辺に花束、3つ。両脇の2つは、旦那さんのお母さんが作る布花で作ったブーケ。繊細な布花を彼女らしくポップに束ねてある。

真ん中のは、後輩から就職のお祝いに贈られたというプリザーブドフラワーのブーケ。ビビッドな配色が可愛い。贈ってくれた後輩は彼女の好みを良く分かってくれているなあ。。

彼女曰く、ここはパワースポットなのだとか。大好きなアーティストのレコードジャケット、アンミカ先生(笑)の日めくりカレンダー、hahahaのかん君の感性が光るお言葉のポストカード、陶芸家としての道を進み始めた同級生うーちゃんの作品etc、、、引っ越す前にSちゃんと一緒にツートンカラーにペイントした壁は今も健在。

窓辺、その2。

天気予報が芳しくないゴールデンウイークに大学時代のお友達と旅行の予定有り。てるてる坊主を作って晴れ祈願^^

パワースポットの壁の上方。

これは、2年程前に私が作って彼女に贈ったものです。彼女が大学3年生になった頃のことです。それまで住んでいた大学の寮を出て、正真正銘の一人暮らしを始めた当時、折しも、コロナの問題が深刻化し、大学への通学どころか普段の外出すらままならない状況でした。

一人暮らしの部屋でどう過ごしているのかと、娘への心配を募らせながら、どうか前向きな気持ちで大切な時を過ごしてほしいと願って作ったものです。

この3月に横浜から大切に持ち帰ってくれて、部屋のパワースポットに掛けてくれたのを見て、何かしらこの作品から彼女がプラスの気持ちを受け取ってくれているような気がして、とても嬉しく思っています。

当時も、社会人になって日々奮闘している今も、そして、これからもずっと同じ気持ちで応援してます!!

「積極的に進め! 自分の花を咲かせてね!!」

進め!

3月に大学を卒業した娘。おめでとう!

4年前、努力が実り自分で選択した大学に晴れて入学しました。

希望に燃えていた大学生活は、後半の2年間がコロナ渦中となり海外ボランティアサークル活動や語学留学も思うように実行できなかったどころか、ほとんどがリモート授業になってしまい登校すらままならず、、、。また、大きな怪我をして中高6年間続けていたサッカーから離れることにもなりました。

親の私が残念に思う以上に、本人はもっと歯がゆいところはあったかと思います。それでも、自分ではいかんともしがたい状況を受け入れて、充実した4年間だったと言う娘。横浜から家に戻って来た時、私に学生生活の思い出を語りながら、友人たちとそれぞれの道に進むことになった寂しさが込み上げ、涙を流していました。そんな娘の姿から良き友人に恵まれて名残を惜しめる大切な4年間だったことが伝わってきました。

4月から新社会人となり、慣れない環境で緊張しながらも奮闘中!!新たな世界で、失敗したり壁にぶつかったりすることもあるでしょう。でも、これまでも自分で自分の道を選択し、上手くいかないことも自分でちゃんと咀嚼して歩みを進めてきた強さがあるから、きっと大丈夫でしょう。さあ、次のステップへ、怯まず進め!!

ちょ太 卒業おめでとう

先日、ちょ太が無事に中学を卒業しました。

卒業式での晴れやかな表情や、式の後に友達に囲まれて笑顔で沢山の写真を撮っている姿は、充実した中学生活を物語っているようでした。

また、努力が実り希望する高校へ合格したことへの達成感や、新生活への希望に満ちた表情にも感じました。

この3年間を振り返れば、正直、思春期真っ只中のちょ太とぶつかることも多々ありました。

「絶対入るな!!」とちょ太の部屋のドアに張り紙が貼られていた日々。

「お母さんって、ちょ太をイラつかせる天才だね。」と吐き捨てるように言われたこと。

その時々でこちらも怒りや悲しみ、不安を感じてきましたが、そういう事も全て含め、成長をすぐ近くで見守ってこられた親としての幸せを、ちょ太の表情を見て深く味わった卒業式の日でした。

ちょ太、卒業おめでとう。これからも、お母さんはちょ太をずっと応援してるよ。

画像は卒業式の日にお姉ちゃんと玄関で撮った1枚。

記憶を風化させないようにしたい

今年も3月11日が巡ってきました。震災から11年が経った今年は、例年とは少し違った思いでこの日を迎えました。

実は、今年2月に娘が、「自分の目で東北を見ておきたい」との思いから、岩手、宮城、福島をめぐる一人旅に出ておりました。

一人旅の途中に娘から送られてきた沢山の写真や動画から、福島県双葉郡の浜通り沿いの景色を2枚。

原発から漏れ出た放射性物質の影響により長い間立ち入り規制が敷かれていた地域で、倒壊した建物の取り壊しも行われず、今でも当時のままの姿で残っているそうです。

民家やお店が並ぶ通りを見ていると、自分が今くらしている街並みと重なり、11年前には確かにここで営まれていた人々の暮らしが目に浮かんできます。

こうした画像や、彼女が現地で感じた思いなどを見聞きするにつけ、少しずつ薄れつつある私の中の震災の記憶を改めて心に刻みたいと思いました。

そして、11年前に細くても長く続けていきたいと思ったことも忘れないように。今年も制作を通じて皆様から頂いたお金の中から寄付をさせていただきました。娘の東北一人旅を通じ、福島の方に大変お世話になったご縁がありまして、東日本大震災福島子供基金に寄付させていただきました。

その意気だ!

本日、高校入試の第一志望の筆記試験だった、ちょ太。

得意の数学が振るわなかったそうで、テンション低く帰宅。そんな様子を見ている私も、つられて心配な気持ちに。

でも、「ごちそうさま。」と彼が差し出したお弁当箱の蓋を開けて安心した私。ご飯粒一つも残さずに綺麗に完食してあった。

試験に勝つ! 玄担ぎして朝からトンカツ弁当を作った私に、「緊張してるから全部食べられないかも。」と言っていた彼。2時間目の数学で躓いたのに、お昼ご飯は見事に完食とは、気持ちを切り替えてパワー補充したんだな。

さあ、明日は2日目の面接。「座右の銘は?」と質問されたら「失敗の無い人生が失敗。」と答えると言う彼。

そうだ、その心意気だ!努力が報われて合格するのも成功だけれど、たとえ不合格だったとしても、人生全体で俯瞰してみた時に、それを成功への布石にできれば結果オーライ♪

明日はちょ太の言葉でちょ太の思いを伝えられれば、それが成功だよ。