行って参ります

いよいよ明日からsatosatosaの松屋銀座さんでの展示がスタートします。

今日は閉店後の設営があるので、程なく東京へ向かいます。

1週間の不在に備えて、朝からドタバタと食材の買い出しや掃除を済ませ、ちょっとだけ作り置きのお料理を。

今回は1週間のうち3日間は娘が静岡に滞在してくれるので、随分と助かります。(しかも、そのうちの1日にはちょ太の学校の修学旅行説明会にも保護者として参加してくれるという、頼りになるお姉ちゃん!)私は、今晩の食事用におでんと、翌日用に牛丼の具を作り、あとは、以前に作って冷凍しておいたミートソースやカレーがあるので、いつもに比べると楽をさせて頂きました。

おおよその支度も終わったので、不便をかける家族に一筆したためて準備完了。

快く送り出してくれてありがとう。頑張ってきます!行って参ります。

新しい1日

曇り空の土曜の朝。空はグレーでも心は晴れやかに!

今日はこれからちょ太の高校体験入学へ。小さかったあの子が、もうすぐ高校生。あっと言う間に過ぎた日々を思えば、何気ないこんな一日も一緒に居られる貴重な一日。大切に過ごさねば。では、行って参ります~。

新たな一歩

10月1日、今日は娘の内定式。朝からスーツを着て出かけていきました。(雨風強かったので、職場の前まで車で送って、見送る間際に📸)

1年ほど前には思いもよらなかったことですが、静岡に戻って就職することになりました。就職活動を進めていく中でいくつかの岐路に立ち、最終的に自分自身の好きだという気持ちを信頼して決めた道に進むことになりました。

娘の就職について、静岡に戻ってくれたことに安心するのと同時に、全く未知の業種で心配する気持ちもある私の母心。でも、これまでの彼女の22年間の人生を振り返れば、自分で考え行動し経験を積んで歩みを進めてきました。だから、きっと大丈夫。これからも1つ1つ経験を通じて成長していってくれるでしょう。自分で選んだ道だから迷ったり悩んだりすることも含め納得して進んでいくことでしょう。

「親は、その漢字の成り立ちの通り、木の上に立って見てればいいんだよ!あれこれ心配して世話を焼いたりしなくていいんだよ!!」とは、いつも感情的に子どもたちを心配する私に旦那さんが言う言葉。これを肝に銘じて、新たな道を進んでいく娘を信じ、どーんと構えて見守っていくのみです。

休日コックさん

昨日は仕事が休みだった旦那さんが晩御飯を作ってくれた。楽しみ持ちさん&休日コックさんのメニューは、炭火焼きハンバーグ!(静岡のご当地グルメ「さわやか」をお家で再現?!(^^))

ベランダにバーベキューコンロを出して、気持よい秋風を感じながら、ビール片手に楽しそうに調理していました。

準備から完成まで約2時間の成果、「お待たせしました~。」とテーブルに並べられた美味しそうな一皿。付け合わせの野菜も炭火焼き。

季節感いっぱいに「銀杏」まで添えられていた。

こちらは、ちょ太のプレート。ほとんど食べ終わった頃の写真で失礼します。

私にはおろしハンバーグでしたが、ちょ太はチーズハンバーグ。チーズにはわざわざバーナーで焦げ目をつける念の入れよう。ちょ太だけは熱々にした鉄板にお料理を盛ったスペシャルサービス。お家で「さわやか」気分、爆上がり^^

+++

ちょっと前のお家が串揚げ屋さんもそうだけど、つくづく普通の毎日を楽しむ天才だと思う。いい性格してるなあ~(笑)。特にお家時間を余儀なくされた今は、その威力を発揮する絶好の機会となっている。

こういう明るさや身近なもので楽しめる逞しさは子どもたちに身に着けてもらいたい最も大きな要素。本で読んだり口頭で教えられたりしてもなかなか得られない感覚だから、日々の暮らしでダイレクトに目にして実体験を積んでこられたのは何よりの教育になっているんじゃないかな。「言わなくても見ているの法則」ここにあり!

今日の旦那さんのお弁当。ちゃんとお弁当用にも焼いておいてくれたハンバーグを使って炭火焼きハンバーガー(^^)

40代ラストイヤー

先月19日でまた一つ歳を重ねました。49歳、40代ラストイヤーとなりました。

誕生日にU画伯から、お祝いの絵が届きました。優しく希望に満ちた世界。こんなイメージで進んでいきたいと思う。

この美しい世界が描かれた絵を裏返したら、、、


せんねん灸が貼ってあった!笑笑

これには、笑わしてもらって気分急上昇↑↑ 笑えるだけじゃなく、実用的でもあるのよね。肩や腰が痛くなっちゃうお年頃^^;。有難く使わせていただきます。

で、せんねん灸の下にも画伯らしいカラフルな絵と心にしみるメッセージ。

そうなんだよね~、今年も変わらずに誕生日が迎えられること、こうしてお祝いしてくれる友達や家族がいてくれるって、どんなモノにも代えがたい幸せなことです。有難う。

そして、更に人生に大切な事を届けてくれたU画伯。シャネルのアクセサリーも同封されていた!!!


と、思いきや、

CHANELのロゴの後ろに何やらプラスされているではないか!

CHANEL+うちげ 爆笑

人生に大切な事、健康、家族や友人の存在、そしてもう1つ、それは、

ユーモア!!

ひとしきり笑わせてもらった後で、ケースを開けたら、笑いは感激に変わった。なぜなら、画伯オリジナルのリングが入っていたからでした。

綺麗~✨✨

ほっと一服のコーヒーも。温かい心遣い。

このU画伯からの唯一無二の心のこもったお祝いしかり、家族や友人から届いた温かいお祝いメッセージに49歳を感謝の気持ちでスタートをきりました。心のガソリン給油、満タン♪♪周りの人に恵まれ、健康に過ごせる今に有難うの気持ちを持ち続けながら、40代ラストイヤーを過ごしていきたいです。

深めた思い

前の投稿で3回に分けてで綴った「嬉しい嬉しいお客様」、この出来事を通じて深めた思いがある。

購入した当時で既に築43年になっていた私たちの家。市場では既に建物としてのは価値が低く不動産情報サイトで見つけた時には、ほぼ土地のみの金額。長い間買い手がつかないまま、前オーナーが幾度か値下げを試みて売りに出していた状況だった。

購入する私達にとっては金銭的に助かり有難いことだけど、別の視点で見れば、まだまだ立派に使える建物、工夫して手を加えれば自分達らしい暮らしが叶えれれる素敵な建物が無価値のように扱われている現実。

そして、市場の価値とは裏腹にその建物を彩り豊かな思い出と共に大切な場所として心に刻んでいる方が存在している。その方が、48年の歳月を経た建物が、部屋のしつらえを変えながらも今も大切に使われいる様子を見て喜んでくださった姿を目の当たりにして、思うところがあった。

自宅のリノベーションに限らず、暮らしのなかやNINO、satosatosaでずっとやり続けてきたこと、例えば、椅子の座面を何度も張り替えて使い続けていくことや、古いガラスの器をリメイクしたランプシェード、海岸のゴミ扱いの流木を使った小出し、使われなくなったり一部が破損してしまったアクセサリーから新たなカタチを生み出すsatosatosa、、、

私達が手を加え作り変えてきた愛すべき古いモノのその先には、時に流れの中で関わってきた人の存在があり、思いがあるということ。

目には見えなくとも確かにある、そうした元の持ち主の存在や思いを感じながら、時を経てきたモノへの敬意をもって暮らしや制作活動を送っていきたい。

また、世間一般の価値観に囚われることなく、古いモノや使われなくなったモノに独自の視点で価値を見出し、創意工夫することにより新たな価値を与えていきたい。

現在、制作に取り組んでいるsatosaotsa作品、ブローチ「オナガドリ」。長~~~い尾のそこかしこに、色々な人達からsatosatosaに引き継がれたアクセサリーをちりばめている。

嬉しい嬉しいお客様 後編

中編からの続き

我が家にいらした初代オーナーは、我が家に一歩足を踏み入れるなり、当時と変わらぬ玄関の壁や大きな窓の様子をとても懐かしそうに眺め、何十年ぶりかのか再会に感激した様子で写真を撮っていらした。

その後、部屋を順にご案内していった。

和室だった2階の変化には、一緒にいらした息子さんと共に声をあげて驚かれた。また、私達が工夫して家族でリフォームしたことをとても感心され、褒めてもくださった。

現在はアトリエ兼、寝室になっている部屋は、元々はLDKだったので取り分け暮らしの思い出が詰まっているご様子。

before

after
after
after

当時と変わらぬというアトリエの窓のサッシを撫でるようにして手を触れながら、庭を眺め、沢山の写真を撮っていらした。

夏のサルスベリ

秋になると良い香りを漂わせる金木犀の大きな木、

寒い冬に凛と美しいツバキ

私たちを季節ごとに楽しませてくれる庭の木々は初代オーナーから4代目の私達まで代々変わらず受け継がれてきたものだと知った。

また、この家を離れた30年ほど前の引っ越しの日には庭の木々が真っ白になるぐらい雪が積もり綺麗だったこと、温暖な静岡での滅多にない積雪で、家が別れを名残り惜しんでくれているように感じたのよ、とのエピソードも伺った。

そして、この家を手放したのは、街の方にお店と自宅とアトリエを併設した建物を新築した為で、発展的なお別れだったことを伝えてくださった。

お帰りの際、息子さんが運転される車に乗り込んだ後、わざわざ窓を開け「若かった頃に頑張って建てた家、幼かった子供が成長した家が今も大切に使われていることが分かって本当に嬉しかったわ。ありがとう。」とおっしゃった。

庭の金木犀から一枝切ってリビングに飾ったある秋の日

突然巡ってきたかのような今回の嬉しい出会い、繋いでくださったMさんによると、実は初代オーナーが最近ご病気を患われたことがきっかけでご連絡があったのだそう。

入院・手術を経て今はご自宅で療養されている中で長年忙しくしてきた時間をふりかえるうちに、48年前に建てた家の現在を見てみたいとご希望されたとのこと。

そうした背景を伺うにつけ、何年も時が流れても尚、思い入れがある大切な場所を引き継いで住まわせてもらっているこの家との巡りあわせに感謝の気持ちになる。また、快適に暮らせるこの家を建ててくれた方に常々抱いてきた感謝の思いを直接伝える機会に恵まれて幸せだった。

繋いでくれたМさんに感謝。そして何より、嬉しい嬉しいお客様に、ありがとうございました。

3.11

東日本大震災から10年目の3.11が巡ってきました。

被災地より遠く離れた場所で10年前と変わらぬ環境で家族が健康に過ごしている身分の私には、もう10年も経つんだなと思う気持ちがあります。

しかし、大切な人を亡くされたり、故郷に帰ることも叶わぬまま慣れない土地で生活されている方々にとっては、ただ1日をやり過ごすだけでも苦しい思いを抱えていらっしゃる方もいるかと思います。そんな1日1日を積み重ねて10年もの間過ごしていらっしゃる方がいらっしゃる。

心の底からそのお気持ちを理解することは不可能で、軽々しく言葉にすることも申し訳ないような気持ちになる。ただ私にできることと、昨日は犠牲になられた方のご冥福をお祈りし、今も苦しい思いを抱えていらっしゃる方々の心が少しずつでも癒されていくようにお祈りしました。

そして、家族が健康に衣食住足りて暮らせる日々に感謝し、震災の記憶を風化させないようにと改めて思う。「日常」と思っている時間は実は「常」ではなく、恵まれた時間である。

今年もこころばかりではありますが、あしなが育英会の震災遺児支援に寄付をさせていただきました。

嬉しい嬉しいお客様 中編

前編からの続き

2週間ほど前のこと、ご近所のお友達Мさんから電話。「お願いしたいことがあるのだけれど、電話だと失礼なので今からお宅に伺ってもいいですか?」と。 

気の合うお友達Мさんにお越しいただくのはウエルカム、「どうぞ、どうぞ。」と文字通りの二つ返事で了承しつつ、「電話だと失礼なお願いって一体何だろう?」と少しの不安も感じたのも本心。

程なくいらしたМさんから伺ったお願いとは、私の心配は杞憂に終わる嬉しいお話だった。

そのお願いとは、

Мさんと今もお付き合いのある48年前に私達の自宅を建てた方が、家を見に行きたいとおっしゃっていて、可能ならば都合の良い時にМさんと一緒に家に来て部屋の中を見せてもらいたい、というもの。

思いがけない嬉しいお話に、電話を頂いたときにしたお返事と同じく「どうぞ、どうぞ。」と二つ返事でお引き受けしたのだった。

私達の住む家は、私達が4代目のオーナーです。私達に売ってくださった3代目オーナーとは面識があるけれど、それより以前のオーナーの方々のことは分からなかった。風の噂では初代オーナーはパチンコ屋さんだとか、海運会社の社長だとか聞いたことがあったけれど、どれも定かではなく。

ただ、私達は、その実像を知らない初代オーナーにずっと感謝してこの家に暮らしてきた。

この立地ならではの景色を存分に楽しめる天井までの大きな窓、

可愛い丸い窓もある。意匠を感じる挽き物の階段の手すりも、

玄関の重厚なタイル張りの壁も、

傾斜地を生かして半地下のようなスペースに作られた広いガレージも、

数え上げればきりがない程お気に入りポイントがある。一体48年も前にこんな素敵な建物を作った人ってどんな方なんだろう?と関心があったし、快適に幸せを感じながら暮らせるこの家を建ててくれた方に常々感謝の思いを抱いていた。

その御本人にお会いできることになるとは、とても嬉しかった。直接感謝を伝えられることも、家族で手作りした今の空間を見てもらえることもとても嬉しかった。

そうして先週末、初代オーナーはМさんと共に我が家にいらっしゃった。

てきぱきとした立ち振る舞いで華やかなファッションの女性。小柄だけれどパワフルなお人柄がそこはかとなく漂っていた。謎に包まれていたその正体は、飲食店を営まれていた経営者(現在は引退)かつ、日展にも入賞したことがある女流画家だそう。更に驚いたことには、この家を何と!27歳の時に女手一つで建てたそう。(築年数から換算すると御年75歳)。その時には既にお子さんもいらして、子育てしながら20代で家を建てたというスーパーウーマンだった。

後編に続く、、、、

嬉しい嬉しいお客様 前編

先日、我が家に嬉しい嬉しいお客様がいらした。そのことを綴ろうと思うのだけれど、その前にそのお客様とのご縁によって振り返ることになった我が家のリノベーションをこちらのブログでも時系列で辿りたい。(過去に綴った家造りの記事と重複するけれど、嬉しいきっかけを頂き、記録をまとめたので再度投稿)

5年前、築43年(当時)の中古住宅を購入した当時の2階の様子。階段を昇って直ぐは踊り場があり、奥には和室が二間あった。

和室の壁は天井までの大きな窓になっていて、高台に建っていることもありここからの眺めは最高!この写真では、お隣のお家がクローズアップされているけれど、引いて見れば、遠くに美しい富士山が、眼下には海も見える。この広々とした景色を日々眺めて暮らしたいと思い、当時は1階にあったLDKを2階に移すことに決めたのだった。

窓の外の景色と呼応するように、できるだけ開放的な気分で暮らしたかったので、間仕切りを全て取り払い、廊下も含めてフロア全体を1つの部屋にすることにした。

そうして畳や壁紙、床を全て取り払いました。当時、高校2年生だった娘の制服姿が懐かしい。一緒に写真に収められて、今振り返るととても良い記念の1枚。

その後はじまった、セルフリノベーション。一部はプロの大工さんにお願いし、大部分は家族で力を合わせ、週末ごとの作業を積み重ねコツコツと自分達の生活する場を作り上げていった。

YouTube動画を師匠に、何でもこなしていった逞しいNINOファミリー工務店棟梁の旦那さん。

1階にあったキッチンからシステムキッチンを分解して取り外し、

2階へと運ぶ。家族総動員で働いて、

ふう~~~っ。運搬完了。

当初、このシステムキッチンはワンフロア―になった元和室スペースに設置するつもりだった。が、

なかなか立派なシステムキッチンだったので、これを設置するとリビングのスペースを随分占領してしまうな、、、食材や調理器具など生活感のあるものは、くつろぎのスペースでは出来るだけ見えないようにして暮らしたいなあ、、、ならば、リビングとキッチンに間仕切りを設置するしかない??とすると、広々としたスペースでの生活は、イメージとちょっと変わっちゃうかも。

との懸念から、思い描いた未来予想図を何とか実現させたいと、立派なこのシステムキッチンを処分し極小サイズのキッチンに入れ替えしようかと探してみたり、あれこれ考えあぐねていたところに、私の人生最良のヒラメキ💡と言っても過言でない(笑)、アイディアが降臨~。神様有難う~。

その人生最良のヒラメキとは、

2階にあった広~~いベランダに、キッチンを増築しよう!!

このドアの向こうにあるベランダにキッチンを増築しよう!!

今考えると、増築とは素人には無謀だった気がしますが、未来への希望とは何と強力な馬力のエンジンとなることだろう。

鉄筋を入れ、ブロックを1つ1つ積み上げていく気の遠くなるような作業を重ね、

YouTube師匠の教えだけで、屋根だってファミリー工務店の施工でできてしまった♪

素人の手作り感いっぱい(笑)の外観ではありますが、そこはご愛敬(^^)

為せば成る!ファミリー工務店特製キッチンが増築できた。満足の仕上がり。

ベランダだった位置(現・キッチン)からリビングを望む。

増築キッチンのおかげで、イメージした通りのリビングダイニングが実現。

1枚目の写真から、ファミリー工務店一丸のお仕事でこのように変化した現在の2階スペース。

嬉しい嬉しいお客様 中編に続く、、、