
気の向くまま、眠りたいときに眠る。
あるがまま、思うがまま。
ニノ太の満ち足りた寝顔と
脱力した体から、
言葉はなくとも伝わってくる幸福論。

気の向くまま、眠りたいときに眠る。
あるがまま、思うがまま。
ニノ太の満ち足りた寝顔と
脱力した体から、
言葉はなくとも伝わってくる幸福論。

以前、制作の過程を綴りましたお姉ちゃんの結婚式のヘッドドレス。
その後、無事に完成したものの、ボリュームを持たせたが故に重さがあり、髪にしっかり固定するためのピンの取り付けに悪戦苦闘。
結局、結婚式前日の夜まで手直しを繰り返すという、最後までドキドキの展開となってしまいましたが、当日はヘアメイクさんのプロフェッショナルなお仕事で無事に美しく飾っていただくことができ、ほっとしました。

娘の晴れの日に、自分の手仕事で彩りを添えられた、母として作家としての幸せを感じました。
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結婚式は、たくさんの温かい気持ちに包まれた時間になりました。
愛知から両家の祖父母も揃って出席してくれて、皆揃ってこの日を迎えられたこと、両親もですが私も年を重ね、その有難みを思い神様に感謝しました。
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この写真はお姉ちゃんの大学時代からのお友達、Eちゃんが撮ってくれた一枚。
留学先のカナダから駆けつけてくれたEちゃん。
「結婚式の話を聞いたとき、帰国して参列することに何の迷いもなかった」と話してくれて、胸がいっぱいに。
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たくさんのお友達や職場の方々、祖父母をはじめとした親族、娘を取り巻くこうした多くの方々に支えられて、幸せな日を迎えられたのだと改めて感じた感謝の一日でした。
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また、このブログを通じて、娘が小さな頃からその成長を見守ってくださっている方々にも感謝申し上げます。展示会などで娘がお手伝いに来ていると、「親戚のような気持ちで見守っていますよ」などと温かく声をかけてくださる方もいらっしゃいます。長い年月の中でいただいた、たくさんの温かなごお気持ちにありがとうございます、心から。
昨年、入籍をしたお姉ちゃんですが、10月に一年遅れの披露宴をします。
このブログを始めた頃はまだ保育園に通っていた子が、早いもので結婚し、披露宴を迎える歳になりました。
その日のウェディングドレスに合わせるヘッドドレスを、今、作っています。
せっかくの機会なので、私らしいものを心を込めて作ってあげたい。そこで浮かんだのが、これまでの作家活動の中でも、特に時間をかけて作ってきた「長いブローチ」です。
花やレースなど、さまざまなパーツをコラージュし、ビーズを一針一針刺繍した、細やかな手仕事を時間をかけて施す作品です。

その長いブローチのフォルムを生かしながら、今回はさらに華やかなボリュームを加えて、一生に一度のハレ舞台のためのヘッドドレスにしたいと思っています。
頭の斜め上にいちばん華やかな部分を大きく置けるようにし、そこから耳の下に向かって、細く長く流れていくような形をイメージしています。
そして今回は、旦那さんのお母さんが作った布染め花も加えて。
花嫁の母と祖母、それぞれの手から生まれたものを重ねながら、ハレの日をお祝いするものにできたらと思っています。
いちばんボリュームのある部分をどのように仕上げようか??お姉ちゃんのドレス姿をイメージしながら幸せな試行錯誤を続けています。
2026年、夏の帰省の記録。
お正月、ゴールデンウィーク、お盆、結婚以来変わらず続いている年に3度の帰省も、子どもたちが大きくなると、それぞれの予定ができて、家族全員で帰ることが少しずつ減ってきていました。
しかし、今回はお姉ちゃんもちょ太も予定を合わせてくれて、久しぶりに、家族4人そろって両方の実家へ。

行き帰りの運転は、ほぼちょ太が担当してくれました。助手席はお姉ちゃん。私たち親は後部座席で楽しいドライブ。
ほんの数年前までと、家族の車の座席の位置がすっかり入れ替わって、時の流れを感じます。

そんな変化もあるなかで、変わらないことも。
ヨットマンの旦那さんのお父さんは今もバリバリの現役。
私たちのリクエストに応えて、ヨットに乗せてくれました。
ありがとうございます。
夏の海風を感じながら、海の上で過ごす時間は、
家族の夏の思い出となるひととき。
私の両親も、いつものように迎えてくれ、
帰りにはいつものように自家製野菜をお土産に持たせてくれました。
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離れて暮らしている両親に会えて、家族4人そろって顔を見せられたことが、何より嬉しかった。
みんながそれぞれの生活を持つようになった今、こうして家族で帰れる時間がより尊く大切に感じるようになりました。


今日は、広島に原爆が投下されて81年目の日。
先日、岡山・広島へ素材を巡る旅をした際、道程でどうしても訪れたいと思っていた平和記念公園と原爆資料館へ足を運びました。
資料館では、展示から伝わる当時の惨状に言葉を失い、この世の出来事とは思えないような光景が、現実に起こったことなのだという重さを感じました。

そして、平和記念公園で目にしたのは、炎天下、日傘もささず日なたに立ち、平和を願う署名活動をしている高校生の皆さんの姿でした。
話しかけてみると、学校行事などではなく、自発的に集まった地元高校生有志が行っている活動だと教えてくれました。
自分の息子とさして年も変わらない子たちが、この暑さの中で平和への願いを胸に行動していることに、心を打たれ、私も署名をさせていただきました。小さなことでも、一人ひとりの行動が平和へ繋がっていくことを願いながら。

そんな思いを胸に広島から戻った後、熊本で大きな地震が発生しました。
自然災害はいつ、どこで起こるか分からず、決して人ごとではありません。
4年前、私自身も台風被害による一週間ほどの断水を経験し、不便さや先の見えない不安を感じました。
その経験から、ライフラインが途絶えることの大変さを少し知っているつもりでしたが、今回はそれをはるかに超える被害の中、厳しい暑さと余震が続く状況で、不安な日々を過ごされている方々がいらっしゃいます。
住まいを失われた方、大切な方を亡くされた方のご心痛は、想像するだけでは到底及びません。
犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
平和な毎日も、穏やかな暮らしも、決して当たり前ではないことを忘れずにいたい。
今の私にできることは、平和を願い続けることや、被災地に心を寄せ、寄付など自分にできる形で少しでも行動をすること。
一日も早く、被災された皆さまに穏やかな日常が戻りますよう、心よりお祈りいたします。

今年の2月、静岡では25年ぶりくらいの本格的な雪が降りました。
当時、庭に出していたゴムの木(左端の黒い鉢に入っている木)↓

このゴムの木の葉が雪で凍傷のようになってしまい、すべて落葉。遂には枯れてしまったように見えました。
「もうダメかな……。」
それでも、どうしても処分する気にはなれず。もしかしたら、鉢の中よりも庭の土の方が力を取り戻せるかもしれない。そんな思いで、まだ芽も出ていないゴムの木を庭へ地植えにしました。
そして枯れ木のまま、しばらく経った6月頃。枯れた幹の脇から、小さな小さな芽が顔を出しているのを見つけました。
「生きてた!」
小さな芽は少しずつ葉を広げ、気が付けば、みるみる元気な葉っぱが増えていきました。

この数か月、毎日見ていても何も変わっていないように見えていたゴムの木。
でも実際には、見えないところで根が力を蓄え、新しい芽を出す準備をしていたんだなあ。
このゴムの木を見ていて、いろいろなことを考えました。
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子どもたちのことも、そのひとつ。
今ではすっかり成長した二人の子どもたち、親としては、「見守る」時間になっています。
もっと積極的に挑戦してみたらいいのに。
もっと外の世界へ飛び込んでみたらいいのに。
そんなふうに歯がゆく思うこともあります。
でも、このゴムの木を見ていたら、目に見える分かりやすい行動だけが成長ではないんだなと。
大学や職場で日常的に経験していること。
友達や仕事関係で接する方々との時間。
悩んだこと。失敗したこと。
誰にも話さなかった思い。
私には見えない毎日の中で、きっと二人はたくさんのことを感じ、考え、少しずつ根を張り、力を蓄えている。
今はまだ目に見えなくても、その積み重ねが、いつかその子らしい新芽となって現れる。
だから親にできることは、目に見える変化を急かすことではなく、見えない時間を信じて待つことなのかな、と改めて思いました。

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そして、このゴムの木は、私自身の制作のことも考えさせてくれました。
作品づくりをしていると、全然アイデアが浮かばない時があります。
「何も思いつかない。」
「このままで展示に間に合うのかな。」
「本当に新しい作品が生まれるんだろうか。」
そんな不安になる日も少なくありません。このゴムの木も数カ月もの間、目に見える変化はありませんでした。それでも、見えないところでは、新しい芽を出すための準備を続けていた。そう思うと、制作への焦りが和らぎます。
美しい景色を見て心が動いたこと。
人との何気ない会話。
本を読んで心に残った言葉。
一見、作品とは関係ないように思える日々の暮らしの中で私の中に蓄積されいる感情や時間が、作品の根っこを育てる栄養になっているのかな。だから、アイデアが浮かばない日も、何も生まれていないわけではない。見えないところで、少しずつ次の作品の芽が育っている。
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また、私は一点ものを制作しているので、一つの作品を完成させるにも時間がかかります。
そして、作品がある程度積み重なったタイミングで展示をするため、自然と一年に一度くらいのペースになってしまいます。
その時間の長さに不安を感じることもしばしばですが、その時間も作品を育てるために必要な時間なのだと思えます。展示のその日まで積み重ねる一年間も、作品を育てる大切な時間。
ゴムの木が静かに力を蓄えていたように、私も焦らず、この時間を大切に育てていきたいと思いました。

そして今朝。
庭からゴムの木を掘り上げ、役目を終えた枯れた幹を切り落とし、新しく育った芽だけを植木鉢へ植え替えました。
これから、この子が少しずつ大きくなっていく姿を、毎日の暮らしの中で愛でられるのが楽しみ。
今日で6月も終わり。
今月は私の誕生日があり、また一つ年を重ね54歳になりました。
誕生日になると、時々読み返す一通の手紙があります。
1998年5月に結婚し、その翌月、26歳の誕生日に母が送ってくれた手紙です。

当時の私は、新生活が始まったばかり。
結婚前はメーカーで営業事務の仕事を忙しくしていたので、日中家にいて、料理をしたり、家の中を整えたりする暮らしそのものが新鮮でした。
毎日の家事も楽しくて、夢中になっていた頃です。
そんな私に母は、
「これからも手抜きなしの家事を息切れしないようこなせるようになるといいね。」
と書いてくれていました。
きっと母は、新鮮なうちは誰でも頑張れるけれど、大切なのは、それを無理なく何十年も続けていくことなのだと伝えたかったのではないかな。
そして、もう一つ。
「生活のリズムを身につけ、周りの人に安心というプレゼントが早くできますよう。」
当時の私は、この言葉が正直ピンときませんでした。
でも、年を重ねるごとに、その言葉が少しずつ心に染みるようになり、今では腑に落ちています。
+
実家に電話をすると、母はいつも明るい声で応えてくれます。
よく笑い、今も元気に畑仕事をしながら、野菜を子どもたちにお裾分けしてくれます。
そんな変わらず明るい母の姿に、私はいつもほっとします。
「大切な家族が元気で、笑っていてくれる。」
それだけで安心して、自分のやるべきことに向き合える。
そんな目に見えないプレゼントがあることを、年を重ねるごとに実感しています。
26歳の私にはよく分からなかった母の言葉。
今では私も母となり、気がつけば、娘があの頃の私と同じ26歳になりました。
家族が安心して、それぞれの世界で歩みを進めていけるように。
私自身が元気で、笑顔で、日々を大切に暮らしながら、「安心というプレゼント」を届けられる存在でありたい。
そんなことを思う、54歳の6月でした。

・ある日のお弁当
・肉じゃが
・ズッキーニ、ピーマングリル
+

・ある日のお弁当
・ドライカレー+目玉焼き
・りんご
<メモ>55歳オジサンのお弁当にウサギのりんご^^
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・ある日のお弁当
・春巻き
・牛スジ、ごぼう、大根、こんにゃくの煮物
・オクラ
・びわ
<メモ>中華飯の具のリメイクで春巻き。
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・ある日のお弁当
・鶏、たまごそぼろ
・いちご、りんご
<メモ>実家の母が育てたグリンピースでそぼろ丼に彩りを。
+++
実家からグリンピースをお裾分けしてもらう季節。
何度も書いていますが、このブログを始めた2005年の当初の投稿に、実家の母が育てたグリーンピースで炊いたご飯を投稿しています。
母が送ってくれた豆を幼かった娘とおしゃべりしながら鞘から取り出したエピソードを交えて綴った投稿です。
気がつけば、あれから21年。
今年もまた母が畑で育てたグリーンピースを分けてくれて、それをこうして味わっています。
21年という時間が流れても、母が元気に畑仕事を続けていてくれること。
季節ごとの恵みを変わらず受け取れること。
それは当たり前ではなく、とてもありがたいことだなと思います。
一方で、私たちの生活は少しずつ変わりました。
ブログを始めた頃は、子どもたちはまだ小さく(ちょ太にいたっては、まだ生まれてもおらず)、どんな場所へも家族4人でまるで動物の群れのようにいつも一緒に行動していました。
それが今では子どもたちもそれぞれの世界を持ち、この家から巣立ち、旦那さんと二人の生活に。
そんな風に変わったこともたくさんあります。
でも、季節が巡り、母のグリーンピースを味わい、こうして日々のごはんやお弁当を記録していることは、あの頃から変わっていません。
そしてこのブログも、長い間変わらず読んでくださっている方がいて、ポップアップなどで「見ています」と声をかけてくださる方もいらっしゃいます。
この小さな生活をどこかでそっと見守り、応援してくださる方がいること。
その存在にも支えられながら、こうして続けてくることができました。
いつも本当にありがとうございます。
変化していくことも、変わらず続いていくことも、どちらも私の「小さな生活」の大切な一部。
21年という時間をつつがなく重ねることができたことに感謝しながら、22年目もまたその日々を残していけたらと、「緑の水玉」を眺めながら思っています。

毎年、春の終わりと初夏の訪れを知らせてくれる、静岡市長田地区の桃。
この桃を見ると、
「ああ、もうそんな季節なんだな」と、初夏の足音が聞こえてくるようです。
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そんな長田の桃をはじめとした果樹園を営む親愛なるSファミリー。

桃の本格的な出荷が始まる前に、とお招きいただき、
「大収穫前祝い!」なんて言いながら、みんなで乾杯♪

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家族ぐるみ、まるで親戚のようなお付き合いをしているSファミリーとは、こうして折に触れて集まっています。会場はS家だったり、うちだったり、行ったり来たりしながら、気づけばもう20年以上。
その間に子どもたちは成長し、集まるメンバーや話題も少しずつ変わってきました。最近は健康の話も増えてきたアラフィフ四人衆+可愛いJC1名。
長い年月を重ね、いろんな変化もともに味わいながら、こうして変わらず美味しい食事を囲める関係を、しみじみ幸せに思う5月の終わりの夜でした。