最終便

愛知に住む大学時代からの友人Fちゃんから定期便。ちょ太が小さなころから、もう10年以上続けてくれている。

いつも通り、丁寧に使われてきたことが伝わってくる洋服が綺麗に畳まれ、手紙も添えられて届きました。Fちゃんの息子君はこの春から大学生、ちょ太は高校3年生。2人とも、もう背が伸びない年になったからこれで最後かな、今までありがとう。と綴られていました。お下がりをもらってくれてありがとう、という意味だと思いますが、こちらこそ!!ありがとう×無限大の感謝です。

ちょ太の成長記録の写真を見返せば、その時々で着ているあの洋服も、この洋服もF家から送られてきたもの。成長の記録はずっとFちゃんが送ってくれた洋服と共にと言っても過言ではありません。

更に有難いことに、この度の最終便には、受験生ちょ太へ北野天満宮のお守りと、勉強の合間のパワーチャージ食品も入れてくれてありました。心から応援していると…親や親族以外でも、遠くからこうして応援してくれる人の存在があるなんて、今、勉強をすごく頑張っているちょ太は、どんなに心強く思うことでしょう。もちろん、私にとっても!大学時代に知り合った友人とお互いの子どもが大学生になる年まで、長く温かくお付き合いできる関係に恵まれていることは、私のかけがえのない財産です。

更に更に、ありがとうのクルミッ子も入っていました♡

大好き♡クルミッ子もFちゃんも♡

訂正いたします

7月10日に投稿しました「能登町から」の内容について訂正させてください。

「ふるさと納税で能登町のサバをお願いした」といたしましたが、能登町のふるさと納税返礼品でサバはありませんでした。

間違いの訳は、私が能登町にふるさと納税をしたい、と旦那さんに話した流れから、それぞれのスマホで検索をしていた際に旦那さんから「サバを頼んでもいい?」と聞かれ、サバ大好きな私は快諾。そして、本日、サバが届いて仰天、能登からではなく千葉の銚子市からでした(・_・;

何故??旦那さんに確認したところ、あの日、能登の検索をしながら別の地域へと流れ着き、美味しそうなサバを見つけ、単純に食べたい思いから私に「サバを頼んでいい?」と聞いたというではありませんか!私は、能登の返礼品なのだと思い込んでおり、品物が届くまでお互い行き違いに気づかぬままでした。もしも、投稿を読んでくださって、気になって探してくださった方がいらしたらすみません。

結果、能登にふるさと納税もしておらず、そのことも訂正いたします。能登へのふるさと納税は改めて行うつもりですが、取り急ぎ訂正させていただきます🙏

お姉ちゃんからのメッセージ その2

おねえちゃんからのメッセージ その2

先週末の土日で引っ越しをしたお姉ちゃん。引っ越し前日の金曜日、仕事からケーキの箱を携えて帰宅しました。家族での最後の晩餐?のデザートに買ってきてくれたそうです。そのケーキを箱から取り出したら。。。

「中村家の皆様 お世話になりました」

と、popな字体で書かれたプレートが乗っておりました(^^

そうそう、お世話したよう~~。お弁当も洗濯も食器洗いも、お母さんに丸投げしてきた社会人生活。

これからは、仕事しながら自力で頑張ってね~。と、送り出した矢先、お姉ちゃんから電話が。6月の移動で激務が予想される部署に配属と内示があったそう。引っ越しに合わせるかのようなタイミング。一気に変化が押し寄せて、新しい仕事に対応しながらちゃんと生活を回していけるのか? 考え出すと母の心配は尽きませんが、もう一歩踏み出したのだから、進むのみ。大変なことも1つ1つクリアして成長していってほしい。フレーフレーお姉ちゃん!!

ありがとう

少し前のことですが、ちょ太が部活を引退しました。

インハイ予選、自分たちが思っていたよりも

少し早めの引退になってしまったことは残念でしたが、

最後の試合は勝利!笑顔の締めくくりとなりました。

最終戦終了後、マネちゃん含む同期七人で笑顔の写真

正直に言って、とてもハードだった部活動。

ちょ太もそうだし、他のメンバーも心折れそうになった時がありました。

それでも入部から誰一人抜けることなく、

この日を迎えられたのはメンバーの仲の良さの賜物。

ハードな練習を一緒に乗り越えてきたメンバーとの絆は

きっと大人になってもずっと続いていくことでしょう。

そんな友人に恵まれたことは、ちょ太にとってかけがえのない財産です。

また、バスケットの技術だけでなく、

落ち込んだ気持ちを立て直して再び前を向いた日々や

勉強に部活に忙しい時間をやりくりしてすごした2年間は、

ちょ太を大きく成長させてくれました。

そして、私自身も傍らで見守りながら、

心配したり喜んだり、色々な感情を味わいました。

それは、ちょ太が、もがきながらも懸命に取り組む姿を見せてくれていたからこそ、

母として味わった気持ちです。

子供が生まれた時に、叔父から「育児は育自」と言われた言葉の意味を、

経験を通じてかみしめています。この部活生活でも私も自分を育めました。

ちょ太、ありがとう。

引退試合当日は母の日でした。

試合終了後、親子で記念写真を撮っていた時に、

サプライズで子どもたちからお花のプレゼントが。

マネちゃんが取り仕切ってくれたのだとは思いますが、

お年頃の男子が揃ってお花を渡してくれて、お母さん達もれなく号泣。

添えられていたメッセージを読んで、また涙。

こちらこそ、ありがとう。

頑張る姿を見守ることができてお母さん、幸せでした。

次のステージでも、変わらずちょ太を応援し続けるんで

よろしく!!

母から 娘から

制作の合間に気分転換。先週末のちらっと帰省で母が持たせてくれたグリンピースを、せっせと鞘から取り出しました。まだ瑞々しい鞘を割くと、中からまあるいお豆がこんにちは!

早速茹でて、おやつ代わりにパクッ。母の愛情がスペシャル調味料になって、新鮮、美味しい春の味。

お姉ちゃんから1日早い母の日のプレゼントをもらいました。

添えられていたカードは、「早いもので、あと数カ月で私もアラサー(25歳)、、、」という言葉から始まって諸々の感謝のメッセージが綴られていました。

娘がもう25歳ということは、私も母になって四半世紀ということ。時の流れの早さを感じずにはいられません。

そのもうすぐアラサーお姉ちゃんは、今月末に職場へ通いやすい場所にあるアパートへ引っ越すことになっています。学生時代も一人暮らしをしていたけれど、その時はあくまでも親の金銭的なサポートの上に成り立っていたこと。これからは、自分で身の回りのことをするだけでなく、生活の糧となるお金も自分で得る暮らし。真の意味での自立。

子育てのゴールは、子どもの年齢ではなく、自立させることと思いながらやって来たので、これで私のお母さん業も本当に区切り。

といいつつ、私の母のように娘が50歳になっても、なにくれとなく気に掛ける気持ちは人生の最後まで続くのでしょうが。

ちょうどブラシを買おうと思っていたところに、以心伝心!satokoの名入りのスペシャルなのがやってきた!!

レモンの香りのトリートメントも嬉しい。お姉ちゃんありがとう。

春の夜に

久々に旦那さんと晩ごはん後にウォーキング。

道すがら、満開の桜に吸い寄せられるように公園へ。

隣のコンビニでコーヒーを調達し、ベンチに腰掛け、しばしお花見タイム。

桜の下、コーヒーを飲みながら、とりとめのない話をつらつらと。

ほんの30分程度ながら、バタバタした日常の隙間に心が解れる良い時間となりました。

祈りを込めて

最新作のブローチは、色も形も様々な小さなパーツをつなぎ合わせて出来上がったハート。

そのパーツのなかの1つ、一輪の小さな小さな赤い薔薇

これは、このブログをきっかけに、長くお付き合いさせてもらっているKさんが「作品に使ってください。」と託してくださったもの。百貨店のテーラーの内職のお仕事をしていたKさんのおばあ様からお母様へ、そしてKさんへ引き継がれたボタンや手芸材料品の数々を、私に託してくださったうちの1つで、2021年の夏に能登町のご実家から東京のKさんを経由して静岡の私に届きました。

この赤い薔薇がやってきた能登町は、この度の地震で大きな被害を受けました。Kさんと1月にやり取りさせていただいた際、震災後3週間たって、やっと金沢でお母様と会うことができたと伺いました(その時にお母様は地震発生以来初めてお風呂に入られたとのこと)。お母様は、避難所での生活、ライフラインも途絶えご自身の生活もままならないなか、公的なお仕事をされていて、毎日悪路を1時間半かけて職場に向かい、地域の為にお仕事に励まれているとも伺いました。

これまで、Kさんから託していただいた品々を作品の中にいくつも組み込ませて頂いてきました。その都度、私はKさんのお気持ちや、能登のおばあ様やお母様の元で過ごしてきた時間も作品に組み込むような思いで制作してきました。そして、今作では、その思いにプラスして、Kさんのお母様はじめ被災された方々が少しでも心穏やかに過ごせますよう、復興が少しでも早く進みますよう祈りを込め、1針1針進めていきました。

折しも、季節は3月。2011年の東北震災以来3月11日に毎年、制作のお仕事でお客様から頂いたお金から募金をしてまいりました。僅かばかりではありますが、一時的ではなく、細くても長くの思いで続けてきました。また、年月の流れの中で薄れゆく震災の記憶や衣食住足りて暮らせる日々に感謝を忘れないようにと自分への戒めもそこに込めてきました。今年はKさんのご実家であり、この薔薇が長く時を過ごしていた能登町へ募金させていただきました。

2024

新しい年が始まりました。

新年は例年通り愛知の両家実家をはしごして、普段は離れて暮らす家族と共に食卓を囲みました。結婚以来、26年続くこの時間。途中、子ども達が生まれ、メンバーが増えても、減ることは無く、両親も健康で今年も揃って過ごせたことが何より有難い。良いスタートとなりました。

2024年は、大晦日に綴りました通り、私にとってリ・スタートとなります。新たな活動に向け、外へ外へと向かう気持ちもありますが、まずは、足元から!

愛知からも戻った初日の今日は、アトリエの整理整頓と模様替えをする予定です。

並行して、作り置きのおかず作りを。「私個人のどんな成功よりも、何より大切なことは、家族が健康につつがなく日々を過ごせること」と、忘するるべからず!と誓うリスタートの2024年、51歳の年始。

画像は、これから作るふろふき大根の材料。大根は実家の母の畑から、ゆずは友人の畑から、昆布は旦那さんの実家のお母さんからのお裾分け。いつも身近で気にかけてくれる人たちからの気持ちも一緒に、ありがとう!とお鍋に入れて、心も身体も栄養満点。今晩美味しくいただきます。

色々

朝焼けの空

落ち葉の絨毯

季節を逆戻りさせて、夏の終わりのモクモクな雲

月光